老化体験記

年をとると、こんなことがある、あんなことがあると、聞くともなく聞かされて、気づいたときには知識として定着している情報ってありますよね。

例えば年齢とともに膝が痛くなるとか、髪の毛が細くなるとか。
最近知ったのですが、加齢とともに髪の毛にうねりがでる、天然パーマのようになるというのがあるそうです。
若い頃、わざわざお金をかけてまでゆるいウェーブにしていたのに、今になって自然にウェーブがかかるなんて皮肉なものです。この現象だけはもっと早くに欲しかったと思いました。


自分で書いていてちょっぴり悲しいですが、ある年齢にさしかかると、今まで聞いていた老化情報は確かであったと、身をもってわかるようになります。
年齢の数字が大きくなるにつれて、少しずつ若い頃との違いを感じていくようになりますが、この段階ではまだ気配レベルです。

老化現象と言われている状況にピタッとはまる体験をすると、少しずつ感じていた老化は、確実に自分の身に起きているのが嫌というほどわかるようになり、ついに自分はこのステージに上がったのだと知らされます。もう情報だけではすまない、これから先は体験しかありません。


そんな老化現象のひとつに「老眼」があります。
老眼自体は避けて通れませんが、老眼になる年齢はかなり個人差があるようで、同世代でもまだ老眼鏡不要で過ごせる人もいますし、もっと早い段階で老眼鏡を使う人もいます。

老眼になると、対象物から目までの距離が離れることは知っていましたが、実際にどのように見えるのかがわからないため、不思議に思うことはありました。
あんなに離してよく見えるなとか、なぜ見やすくするための眼鏡をはずして見ているのだろうなど、体験していないがゆえに、謎でしかないからです。
老眼になると、こういう行動がとられるという知識はあるけれど、理解にまでいたらない。

そう思っていた老眼に、ついに自分が突入しまして、老眼あるある行動の意味を完璧に理解しつつあります。
先に老眼になった友人が、携帯をものすごく離して見ている姿に、

「離しすぎでしょ!」

「いやいや、本当にこれくらいじゃないと見えないんだって!」

なんて笑い合っていたのが懐かしく思えます。私も無事に仲間入りをはたした今、もはや笑えなくなりました。
しかし、実際に体験してみると、なるほど!
こんなふうに見えていたのかということがわかり、謎の行動のすべてが解き明かされ、腑に落ちました。


こうして噂に聞いていた老眼ワールドの住人になったのですが、だいたいのことは事前に情報が入っているため、自分が体験する時には確認作業のようなものです。そのせいか、思っていたより穏やかな心で老眼を受け入れていました。

ところが、老眼になって困ることの詳細については、あまり聞くことがありません。確かに細かい文字は見えなくなるけれど、老眼鏡という素晴らしい道具のおかげで、あまり不便を感じませんでした。持ち運びに便利な小さいルーペもありますし、文字に関してはフォロー体制抜群と思えたくらいです。

問題は文字以外です。私が老眼になって一番気になったのが、


食べ物が見えない


ことでした。
厳密に言えば、見えないわけではありません。お皿の上にある時は完全に見えています。ところが、箸でつかんで口元まで持っていくと、ぼやっとして、よく見えないのです。

もちろん、何を食べているのかわかっていますが、口元の食べ物が見えないこと、これが地味に辛い。口に入れる前の食べ物が良く見えないことが、こんなにストレスに感じるなんて、思ってもみませんでした。

例えば野菜炒めを食べるとしましょう。箸でつかむときはキャベツと人参ですが、口に入れる直前には、薄いグリーンの何かと、オレンジ色の何かに変わるのです。ぼやっとして、輪郭がなくなります。

じゃあ老眼鏡をかけて食べればいいかというと、そうはいきません。確かに文字を読む点においては素晴らしいのですが、手元以外に視線を向けると、視界がゆがんで気持ち悪くなりますから、老眼をかけっぱなしで食事をするには無理があるのです。

このことがあって、私は口元直前まで料理を見ていたのかと、気づかなかった自分の行動を知りました。
食べることが好きではありますが、思っていた以上に食べることを楽しんでいたのかもしれません。

しかし今は、お皿の上にあるときはどれだけ美味しそうに見える食べ物も、口に入る直前には、美味しそうに見えた何かです。これが本当にショックでした。

友人にそのことを話したら、

「わかるわかる!チャーハンに何が入っているのか全然わかんない!」

とチャーハンを食べながら笑って言っていました。皆通る道なのかと、ホッとするやら、あきらめきれないやら・・・。
今は慣れてきたので、気にならなくなりましたが、ショックすぎたのか、慣れるまでに少々時間がかかってしまいました。


なんでこのことを誰も教えてくれなかったのか?多くの老化現象については、こちらが聞いてもいないのに、あれだけの情報が勝手にやってくるにもかかわらず、なぜこの情報についてはなかったのか!?
事前に教えて欲しかったと思いました。多くの人はあまり気にならないことなのか、細かすぎて言うほどのことではなかったのか、たんに私が食いしん坊だったからか・・・。

おそらく耳にすることは老化の大分類的なことが多いのでしょう。老化によって生活の中でそれぞれに困ることはあるのかもしれませんが、中分類、小分類に関しては、あまり話題にはなりにくいのかもしれません。

実際に私も細かな事象まで話すことはありません。一言えば十通じるじゃないですが、ひとこと「老眼」と言えば、それによってどのような不便を感じているのか、体験者同士であれば、語らずともわかるような気になってしまうからです。

でも口元の食べ物が見えなくなることは、私としては事前に知りたかった。知っていたら、ここまでショックを受けなかったかもと思わずにはいられない、私の老化体験だったのです。

このことは自分でもかなり予想外の出来事でした。老化現象はいつか体験するし、そのことでショックを受けることはあるかもしれないと、多少の覚悟もしていましたが、まさかこんなことがショックに感じるとは・・・。
何ごとも体験してみないとわからないなと、妙に感心してしまいました。


そういえば以前、仕事で年配の方々用の会議資料を担当しているときがあったのですが、注意事項のひとつに、

字を大きくしてください

というのがありました。言われた通りにしていたのですが、枚数のキリをよくするために、若干文字を小さくしてまとめると、毎度のように文字サイズの訂正依頼がはいるのです。
いやいや、これでも決して小さくはないし、そこまで見えなくはないでしょうと、面倒な気持ちで修正していたのですが、もし今その仕事の担当であれば、最期のページが一行だけで、紙の無駄遣いになろうとも、文字サイズ最優先で作っていたかもしれないなぁと思いました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?