須佐之男の鳴鏑
大国主が須佐之男の女ー須勢理毘売を娶る為に与えられた試練。
鳴鏑を大野に射入れて矢を採るように言う。
鳴鏑とは、射放つと音響が生じる鏑矢のこと。
須佐之男は、伊邪那岐の鼻の禊ぎから生まれた神である。風と関係があるとも言われる。
鳴鏑とは、冬に日本海に吹く季節風を指していると考える。
季節風は能登の羽咋(ハクイ)から富山の氷見を貫き、射水川に刺さる。
射水の語源と推測する。
この辺りは冬場に舟を出そうとしても、海風により押し返しに合い、出航ができないという。
それほどの風である。
放たれた矢は鼠が持ってくるが、矢の羽は鼠の子らに食い破られていた、つまり能登の羽咋(ハクイ)の語源になったと考える。また、能登は稲羽の素菟の侵入ルートと考えれば、能登には鰐崎と言う地名があるように和邇氏と非常に関係がある。見ぐるみ剥がされたウサギの様子が食い破られた羽に重なる。
では鼠とは何か、鼠の言う暗号じみた言葉
「内は富良富良(ほらほら)外は須夫須夫(すぶすぶ)」と、落ち隠れし間とは?
須夫ー須がヒゲを意味し、ヒゲの男であり、須をシュと読んだ場合は、朱に変換され、朱で文身を施した人と推測される。
外はそのような男性に警護され、
富良ー豊かな土地であり、富をフと読んだ場合、婦や巫、布に変換され、女性、布が多い事を意味すると思う。
魏志倭人伝に記述される邪馬台国の人々の様子に良く似ている。
鼠は、もぐらの類も含めたものを意味する。
ほらほらは洞穴も意味しており、そのトンネル技術が大国主を救う事を意味しているのではないだろうか。