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昼飯終わり。
アキラが戻るといつものようにオフィスは盛り上がっていた。
盛り上がりの中心には、これもいつものように今井先輩がいた。
とてもおしゃべりが大好きで、ひょうきんな今井先輩。
いつも今井先輩のトークが始まると、空気はすべて先輩のものになっている感じだった。
今井先輩がいるおかげで、オフィスの雰囲気は和やかな雰囲気になっているのかもしれない。
しかし、アキラはどうしても今井先輩の作り出す空気感、冗談のノリが苦手だった。
みんなは先輩のオンステージには笑っていたが、アキラにはそこに妙な緊張感を感じていたのだ。
先輩が後輩をいじることはあっても、いじりかえすことはできず、若干きつめの下ネタを放ったとしても、そのあと自身で行う力技のフォローで笑う空気に、いや、もはや「笑わなければ」な空気に持っていく空気感。
主導権は常に先輩にしかない雰囲気に、アキラは緊張感を感じてしまい輪に入ることは出来なかった。
そして聞こえてくる。
「お前空気読めよなぁ~。」
先輩のツッコミ。
先輩が誰かをいじり、その人が恥ずかしがったり、とまどったりなどしてうまく着地しなかった時の、先輩の伝家の宝刀。いじられた本人自体をオチにしてしまう。
今井先輩下の後輩や口下手な同僚たちは、一瞬でもうまく返せない場合は皆、この言葉に飲み込まれ、その後相当な時間を不当ないじりの対象として過ごしていく。
それでも先輩の周囲は盛り上がっている。アキラは、とりあえず巻き込まれないようにだけ気を付けて過ごしていた。
ある夜部署内のメンバーで飲み会が開かれた。
今井先輩はそこでも軽快にエンジンを開いていた。
傍にいる口下手な後輩たちは、いじられ、他の先輩たちは笑っており、聞こえる声自体は盛り上がってるように聞こえていた。
アキラは隣のテーブルに座っており、火の粉はかぶらないと思っていたが、会の中盤、少し気を抜いた隙に、先輩がアキラのいるテーブルに移ってきていた。もはや動くタイミングを失ったアキラは、程なくして先輩にロックオンされた。
「アキラは、今それ何飲んでんの?色からして、ウイスキーストレート?(笑)」
「いや、僕あまり強くないんで、ウーロンハイ頂いてます。」
「いや、フツーの返しだな!フリじゃん!飲み会なんだから、もっと乗って来いよ!空気読めよぉ~!」
普段あまり交流のなかった為か、あまりにも薄いフリな上に、先輩はすぐにオチに持って行ってしまった。
「こいつ仕事場でも日ごろからなんか物静かでさぁ~、なんかネタとか振りにくいんだよなぁ~(笑)。俺だけだぜ?一生懸命職場の空気読めてんの。でもさ、こういうやつに限って、頭ん中には変なシュミ抱えてたりすんだぜ?なぁ、そうだろアキラ?空気読んで、カミングアウトしちまえよ!ほら、また先輩がいいトス上げてやったぜ?」
お酒も周りヘラヘラした雰囲気。
アキラが口を開いた。
「あの、空気読むって何ですか?空気を読める人っていうのは、中心になって場を回すときに、自分の好きな話題だけで推し進めるのではなく、人や状況に合わせた話題作りや流れを作って、人がその流れに乗りやすくできる人じゃないんですか?自分のトラウマやコンプレックスを人にいじられて、それをあけっぴろげに話せたら空気は読めてるんですか?自分に嘘ついて、フラれるがままに無理して他人の性格に合わせて話せたほうが、空気読めてるんですか?それじゃあたぶん自分は空気が読めません。それこそ空気を読める先輩なら、そちらで読んで振っていただけますでしょうか?ちなみに自分は、ソフトSです。」
酒の力も加わったのか、同僚や他の先輩社員は盛り上がっていた。
そして次の日から、アキラは職場で独りぼっちになった。
(終)