【オリジナル短編小説】穴
私は天井の穴を見る。
穴ではなくて、正確にはただの木目なのだが。
しかし、私から見ればやはりそれは穴だった。
時折、穴の中からこちらを覗くものがいる。
それは白く小人のような顔をしているのだが、そいつに特に嫌悪はしない。
やはり問題はあの穴だ。
電気を落とした夜の天井板の中、あの一点だけがうようよと蠢いているのだった。その様はなんとも気持ちが悪い。
一度虫かと思って確かめたこともあるが、触ってみてもただの木目なのだ。しかし電灯を消すと穴になる。
不可思議だ。いよいよ正体を突き止めてやろう。
そんな次第で、私は電灯を消したまま、穴を覗きやることにした。
何もない。真っ暗だ。
そりゃ当然だ。実際はただの天井板である。
私は覗きながら、だんだんと現実味を帯びてくる掌の感触だけを感じていた。
確かにそこには何もない。でも、そこには穴があっても不思議ではないのだ。
そこまで考えて、ふとおかしなことをしているのかもしれない、そう思いたった時だった。
穴の中で白いものが横切った。
私はまたしっかりと覗き込んだ。
その中には小人がいた。
こちらを見てニヤついている。
奥では小人の仲間が火をくべて、祭りのように踊っていた。なんとも滑稽なことであろうか。歌を歌い、楽器を力一杯吹くので、その中は途端にうるさくなった。
穴の傍の小人が仲間達を一瞥し、こちらに向き直った。何やら赤い布を取り出してみせる。
それを穴の前にかざすと、小人達の歌はピタリと止んだ。
はて?幻か?
しかし穴は赤い布に覆われたままである。
私は穴から顔を離してみた。まじまじと観察してやりたかったのだ。
が、その目論みは叶わなかった。
私が顔を離してから約3秒後に、穴から大きな百足が這い出してきたのだ。
私は驚き、直ぐ様百足を追いやった。布団からはなかなか動かないそいつを塵取りで外へ放す。
私は突然の侵入者に息を乱したが、なんとかそいつを除くことに成功した。
ほっと胸をなで下ろすと、また静寂。
ふと、この静けさが何かを報せているような気がして、私は穴を見上げた。
すると、何が起きたのか。瞬きの後には朝日が差し込んでいた。
穴は…ただの天井板だった。
私はぼうっと立ちつくす。
眠っていたのか?
それも、立ったまま?
どちらを真実にしても不可思議な状況とは、産まれてこの方初めてだ。
私は考えるうちに身体の気怠さに気づき、一先ずもう一度布団に潜ることにした。
ふと足を滑らせたシーツの合間。何かそれ以外の感触を味わう。
私は恐る恐る手を伸ばした。
細長い。小さい。何か生物的な嫌悪感を感じる手触り。
私はそっと布団からそれを取り出した。
百足の足が一本。
そうして私はまた、穴を眺めやるのだった。