Harry delusion【第二部・3話】
浩二はその夜、駅より少し離れたビジネスホテルに宿泊した。
ビジネスホテル自体は少し割高だが、そこは周辺のそれらよりも少し安い料金を提示していたため、そこにした。
本当ならもう少し出費を抑えたいところだが、今日のところは客人が来るので仕方がない。
出発してから2日が経つ。
たった2日なのに、ベッドの感触が懐かしく感じるものである。
この2日間は手懸かりを探して奔走していたので、ホテルに泊まる余裕がなかった。だから余計に懐かしく感じるのだろう。
浩二はそのベッドの冷たさから、あの街での日々を思い出していた。
最初の男、朱美の友人、無表情な男、電話越しの銃声、爆発と業火、ホテルの血飛沫、住宅街の阿鼻叫喚、最後の男、倉庫の朱美…。
そして、善治。
全てが鮮明に。
それだけが現実かのように、浩二の頭にこびりついている。
善治に刺されてから一週間、朱美を発見してから1ヶ月。
その1ヶ月と少しのロスを、埋めなければならない。
あいつよりも早く。
早く…。
部屋の内線が鳴ったのは、浩二が微睡み始めたころであった。
浩二は井上を部屋に招き入れ、小さなテーブルと向かい合わせに置かれた椅子に腰かけた。
「改めまして、井上宗助と言います。件の事件の概要ですが…。」
「待ってください。」
浩二は宗助を制止する。
「どうされました?」
「いえ、こういうことは公平が良いですから。先に報酬を。」
浩二はテーブルに封筒を置いた。
しかし井上は首をゆっくりと横に振る。
「報酬…とは、私は一言も言っていない。」
浩二はここにきて初めて戸惑いを見せる。
「え…。しかし、それで交渉とはなんなのですか?」
宗助は静かに立ち上がると、右手を浩二に差し出した。
「私が交渉するのは、君への取材の許可だ。この捜索のあらましを、君の旅の動向を、取材させてもらえるだろうか?」
そして彼は口元を微かに綻ばせると、こう続けた。
「もちろん、タダとは言わないさ。」
【4話へ続く。】↓
Harry delusion【第二部・4話】|高峰 由樹路 @AtW2igUeBGW4SVY #note https://note.com/yukiji8120/n/n7787a9776884
【第一部販売中。(マガジン/500円)】