Harry delusion【第二部・4話】
浩二は黒いサクシードの助手席で揺られながら、手にした紙束の文字を追っていた。
宗助から渡された記事の原稿と、捕捉資料である。
犯罪者の死亡事件はこの一月と少しで10件あまり。
使用したと見られる凶器は全て同じではなく、時折違うものが使用された形跡がある。しかし、凶器が違う犯行では、凶器は現場近辺で発見されることが多い。そこから検出された指紋は被害者の一部と一致するため、真犯人は分からず終い。
これらの事件に全て、善治が関わっているとしたら…?
浩二は思考を巡らせる。
善治はまた犯罪者を使って何かをしようとしている…?
しかし今回は状況が違う。
『前回』の事件では、ここまで犯罪者の死体があがることはなかった。
善治の考えていることがわかれば…。
「どうですか?」
ふと、ハンドルを握る宗助が声をかけた。
「まだわかりません…。今回のあいつの狙いがまだ…。」
浩二は苦い表情で呟いた。
「ふむ…。」
「『前回』の時、彼が何を考えていたのかわかりますか?」
宗助は数秒置いて質問をする。
「あの時ですか…。」
あの時は…。
浩二は、最後の善治の言葉を思い出していた。
『ねぇ、浩二。正義ってのは、気持ちがいいよね。』
「正義…?」
浩二は思わず口にしていた。
「正義…ですか?」
宗助が聞き返す。
「はい。確かに、あいつは正義と言っていた…。でも…。」
浩二は眉間に皺を寄せた。
「あいつの言う正義がなんなのかを、俺は知りません…。」
「…。」
宗助は押し黙った。
しかし車が緩やかなカーブを抜けた先で、思い出したように口を開いた。
「犯罪者には特有の傾向があるといいますよね?」
「え…?はい。」
浩二は目を瞬かせた。
「多くはその事件で一番利益を得た者が怪しいとされる。では、彼が獲得した利益とはなんですか?」
宗助は語調を変えずに続ける。
浩二はまた頭を悩ませた。
暫しの沈黙。
そして、宗助はまた言葉を発した。
「今回の事件もです。こんなことをして何の得になる?私はこれまで刑事事件を追う記者をしていましたが、こんなに意図が分かりにくいものも珍しいのです。気味が悪いと言ってもいい。単に犯罪者を粛清したかっただけなら話は単純だ。だが、それなら刑事のままのほうが都合が良いに決まっている。
犯罪者が利益を得るような事件が多いのは、それだけ犯人も、人間的思考に動かされているからです。
だから殊更疑問に思うのです。
…わざわざあんな事件を仕組んで、指名手配をされても尚このような殺人を続けるのはどういう意図なのか…。」
浩二は俯いた。
それは、浩二が捜索の旅を始める前から感じていたことである。
「まぁ、まだ全てが彼の仕業と決まったわけではありませんがね…。」
宗助の言葉が車内を駆け巡り、風に抜けていく。
そのまま黒いサクシードは、目的地へと進んだ。
【5話へ続く。】
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