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【#シロクマ文芸部】レモンから

お題:「レモンから」で始まる物語
(1166文字)

レモンから出られないかというのが彼の要望だった。
「レモンか。できるか?彼がどうしてもって言うんだよ」
監督が大道具の高田を見つめる。
「そうですね、できるといえばできますが」
「ちょっと待って」
シナリオライターの井上女史が険のある言い方で割って入る。
「そもそも、季節感重視ですよね、ここは」
「まぁ、そうだけどレモンだって果物じゃないか」
監督は腕を組んだままだが、少し体を後ろに反らせている。気圧されているのだ。
「じゃ、レモンの季節っていつですか?」
監督が目を逸らす。
「ね、いつですか?」
今度はなぜか高田を睨みながら質問する井上女史。
「いや、ボクはその、なんていうか」
「演者の希望を叶えてたらズレて行きますよね、監督」
すぐに監督に向き直る。高田はホッとしながらも、蔑ろにされた感じがして釈然としない。
「こっちはね、これだけ長く続いているシリーズを、マンネリ化しないように時代と季節感を大切にしてるんです!そう簡単に曲げないで欲しいんですよ!」
「まぁまぁまぁまぁ」
宥めるように両手の平を見せながら、軽薄な笑顔で入ってきたのはプロデューサーの長田だ。
「井上ちゃん、今回だけ、ね?お願い!」
両手を合わせて拝む仕草の長田を見下ろす井上女史。
「だっていつもこうじゃないですか。こっちの要望は通らないのに」
「いや、実はさ」
長田が腰をかがめながら井上女史の背中をそっと触れながら話を続ける。
「営業部がこの話を聞いてさ、レモンなら瀬戸内レモンで広島県に営業をかけるって言ってんのよ」
「それがどうしたんですか」
「だからさ、大事なのは先立つものじゃない?ね?だからお願い!この借りは返すから」
腕を組んだまま、井上女史は長田を見下ろしているが、何かを察知したらしい。
「例えば?」
長田が待ってましたとばかりに背筋を伸ばし、スーツの襟を正してから、少し勿体つけながら口を開く。
「実はさ、次のクールのドラマのシナリオ、誰に頼むか決まってないんだよね」
「え、長田さんが絡んでるドラマって」
「そ、月9の」
井上女史の表情があっという間に緩むが、すぐに気がつかれてはまずいと思ったのか平静を装う。
「んー、じゃ、今回だけですよ」
「さすが、井上ちゃん!」

「本番行きまーす!」
音楽が軽快に流れ出す。
主人公が各地の名所を巡る映像が流れる。
いよいよだ。
カメラがレモンとそれより大きなトマトを映し出す。
音楽に合わせてレモンが真ん中で割れて、中から白い猫が現れた。
タマだ。
無事に割れたことに、大道具の高田はホッとする。
「監督、そういえば、タマのこと彼って言ってませんでした?」
「言ってたよ。オスだからな」
「えー?オスなんですか?メスだと思ってた」
「そう思われがちなんだけどな、タマって名前だから。でもオスだ」

「サザエさんは、東芝と、ご覧のスポンサーの提供でお送りします」

「はい、カットー!」


またサザエさんでくだらない話を…

久しぶりにシロクマ文芸部に参加させていただきました。
小牧幸助さん、よろしくお願いします。
ちなみに、大相撲では今場所から白熊が幕内に上がります。





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