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【ショートショート】ファミリーレストラン

(1382文字)

ファミリーレストランで人を待つ。
「ごめん!15分くらい遅れる!」
そうLINEがきたのは、5分ほど前にテーブルに案内されてから。
通路の向こうのテーブルには、小学生低学年くらいの男の子と、その父親と思しき男性が向かい合って座っている。
子供は、両肘を上げてテーブルの上に出しながら食事をしている。背丈に対してテーブルが高いのだ。
その様子を父親が頬杖をつきながら眺めている。
時々、ボソッと言葉少なに話しかけている。
その都度、子供は目の前のお子様ランチと思われるプレートから目を離さず、手も動かしたまま、2〜3度頷く。
「美味しいか?」
おそらく、そんなような事を、空白を埋めるように父親は訊いたのだろう。
何を話せば良いのか分からないのだろうか。
考えてみると、父親と子供の2人きりというのは、ファミリーレストランでは珍しい部類かもしれない。
男女平等が叫ばれて久しい世の中だけど、やはり子供に食事をさせるのは母親の役目という夫婦が、まだまだ多いだろう。

どのような親子なのだろう?

父子家庭とか?

だとすれば、もっと会話が弾んでいるだろう。
父親は、明らかにこの子供との時間を持て余している、ように見える。
子供の方も、父親に積極的に話しかける事もない。

もしかしたら、

母親が出て行ったばかりだとか。

父親は、妻の置き手紙(古いか)を読んで、探そうと思いつつ、とりあえずは子供に晩飯をと、このファミリーレストランに連れてきた。
子供はまだ母の出奔を知らない。

そう考えると、父親の表情にも合点がいく。
少し困ったような、心細いような、心配そうな面持ちで子供を見つめている。
さて、これからどうするか。
さっき、妻の実家にはLINEを送っておいたが、返信はまだない。
ここを出たら電話した方が良さそうだ。
妻の行きそうな場所はどこか。
どんな事情であっても味方になってくれる親友はいたっけ?
俺、あいつのこと何も知らなかったんだなぁ。
そもそもなんで出て行ったのか。書き置きに理由は書かれていなかった。
浮気か?いや、出ていくとなればそれはもはや本気だ。他の男と生きていくと決めたのか?
息子の健斗にはなんて言おう。
しばらく、旅行に行ったということにしておこうか。
いや、それでもLINEが来ないのはおかしいと訝るだろう。
俺はひとりで、この息子を育てていけるのだろうか?

自分の目頭が熱くなってるのに気がついて、ボクはポケットからハンカチを出した。
何があったのか、本当のところは分からない。分からないけど、親子2人で強く生きていって欲しい。
子供はぐれないでまっすぐ育ってほしい。
いつの日か、子供は成長し、この日のことを思い出すだろう。
それは、父親への感謝を伴っていてほしい。
ハンカチで押さえた目から、涙がじわりと溢れる。
止まらない。
鼻を一回啜ったところで、
「ごめーん、お待たせー」
と、母親らしき、いや、間違いなく母親が現れた。

なんだよ、父子家庭になるんじゃないのかよ。

するとこっちの待ち人も現れた。
「いやー、ごめんごめん、ほら、あのいつものところが渋滞でさー」
同級生の達夫はこういう時、言葉とは裏腹に、悪かったという表情は全くしない。
「あれ?どうしたの?泣いてんの?」
「そういう訳じゃねぇよ」
「いや、泣いてんじゃん。なに?ヨメさんに逃げられたか?」
オレじゃねぇよと言いかけて、ボクは無言でスタッフ呼び出しのボタンを押した。

おわり

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