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【ショートショート】野球やろうぜ

(873文字)

「おーい、磯野ぉ。野球やろうぜ」
「ああ、中島か。今日は忙しいんだよ」
「そんなこと言って、もうどれくらい野球やってないんだよ」
バットを肩に乗せた中島はそう言って不満そうな顔を見せる。
「カツオー、誰か来たのー?」
奥からサザエの声が聞こえる。
「悪いな、また今度」
カツオが玄関の引き戸を閉めようとすると、待てよと言って中島が戸を抑える。
「あんまり運動してないと体が鈍るぜ。お前、少し太ったよな?」
「当たり前だろ?」
「何が当たり前だよ、野球してないからだよ」
「違うだろ!」
強めなカツオの答えに、中島は黙ってしまった。
「違うんだよ、中島。太ったのはな、歳をとったからだよ」
「歳?」
はぁ、とため息をついてからカツオが話を続ける。
「お前な、この放送が始まったのはいつか覚えているか?」
「1969年だよ」
「その時、俺たちは何歳だった?」
「11歳」
「じゃ、今は何年だよ」
「2024年」
「な、俺たちはもう66歳なんだよ。いい加減にしてくれよ」
「でも家にいるなら暇だろ?」
「さっきの声、聞かなかったか?」
そう言ってカツオは廊下の奥に視線を向ける。
「姉さんがな、もうすっかりボケちゃって大変なんだよ。79歳だからな」
「そうか」
「うん、そういう訳だ。悪いな」
「ちょっと待て、磯野」
「なんだよ」
「キャッチボールだけで良いんだ、な、頼む」
カツオはその声を無視して戸をピシャリと閉じた。そして中から申し訳なさそうに言った。
「頼むから、他のやつにあたってくれ」
引き戸のすりガラス越しにカツオの姿が遠ざかっていくのが見えた。
中島はそれでも戸を叩きながら叫ぶ。
「磯野!もうお前しかいないんだ!頼む、野球やろう!」
中島の目に涙がにじむ。俺が磯野を野球に誘わなかったら、俺の存在意義って何だ?この番組のどこに居場所があるというんだ。俺は細胞全てが野球をやるようにできているんだ。野球をやらないと手が震えてくる。野球を止められないんだ。
「磯野、や、野球…、や、野球、やろうぜ…」
膝から崩れ落ちる中島の耳に、家の中から大声で叫ぶサザエの声が届く。
「カツオー!グー、チョキ、パーのやつどこー?!」


すいません、思いついたまま書いてしまいました(笑)

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