【エッセイ】男女の違いを話すのは差別ではない
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脳科学者の中野信子さんが出演しているラジオ番組を聴いていたら、こんなことを言っていた。
「女性は快楽を感じる回路と恐怖を感じる回路が一部繋がっている。これに対して男性は快楽と攻撃が繋がっている」
だから女性の方がホラー映画が好きな人が多かったりする。
男性はアクション映画が好きなのだと。
なるほど、統計をとったワケじゃないけど、そんな傾向は感じますね。
そしてこれ、登山関係で顕著かもしれないと思った。
ボクは沢登りというジャンルの登山もやっている。
安全に登るためにも、今年はちゃんとロープワークを覚えようと思って、トップ(先頭で登る)の手順もある程度覚えた。
女性で沢登りをしている人は多い。
しかし、前から思っていたんだけど、技術を高めてレベルアップしたり、目標とする沢をクリアしたいという人は少なく、始めてから4年も5年も経っても、連れて行ってもらって、誰かにトップで登ってもらってから2番手3番手で登らせてもらうという女性が多い。
アトラクション的に楽しんでいるんですよね。
もちろん、それもひとつの楽しみ方だけど、チームを作ってやっていこうとすれば、そういう人はお荷物になる。
誰もがどのポジションもできるチームが好ましい。
結果的に、面倒見の良い山岳会に入るか、お金を払ってツアーに参加するかということになる。
そういう人はおそらくそれで良いのだと思うけど、それでは自分が行きたいところに行けるわけではない。誰かが立てた計画に乗るしかないから。
ボクは行きたいところに、行きたい人と行くためにロープワークを覚えようと思った。
そして目標を作り、ひとつひとつクリアして、あまり記録や情報がない沢に登ってみたり、様々な山行に役立てたい。
つまり、ロープワークを覚えるのは手段なんですよね。
前述のタイプは目的なんですよ。スリルを楽しむ、それが目的。
ボクにはそのタイプの人の考え方が理解できなかった。
でもそれは脳の仕組みに違いがあるからということが分かって納得した。
まぁ、必ず男女がそう分かれるというわけではない。
男性でもそのタイプはいるし。
分かったからといって、いつまでも連れて行きはしないんだけどね。
生物的な男女の違いは良く言われること。
社会的には男女平等であるべきだけど、生物として違いがあるのなら、それを把握した上での合理的な判断もアリだと思う。
もちろん、そこに性格的なことや実績も加味されるわけだけど。
中野先生が言うには、前述のような理由から、災害に対応する組織の場合、女性の方がリーダーに向いている可能性があるとのこと。
ボクはとあるイベントの事務局長をやっていたことがある。
予算は1000万円以上だったから、それなりの規模。
スタッフはボランティアで給料は出ない。
だからこそ男女の違いをつくづく感じた。
まず男性に多いタイプ。
・先のことを考えてアイデアは出すけど自分で動かない。
・目的に向かうより、立場やメンツを気にする。
・自分の仕事の範囲を決めて、それ以上は働かない。
・年配の男性はとにかく口だけ出す。存在感をアピールしたい感じ。
・交渉ごとには長けている人が多い。
・嘘をついて体面を保とうとする。
女性に多いタイプ。
・目の前にある仕事に全力投球できる。
・必要を感じれば範囲を超えて頑張ってくれる。
・助け合う関係を作ってくれる。
・頑張る理由が「褒められたいから」という人が多いと感じた。
・気に入らない女性がいると、すぐに「辞める」と言う。でも話を全部聞いてあげるとスッキリして辞めない。このタイプ、意外と多かった(笑)
パッと思い浮かぶだけで、これだけ違いを感じた。
もちろん男性がみんなそうじゃないし、女性もみんなそうではない。
こういう傾向があったということ。
まぁ、でも、男の方が働かないね(笑)
こういうことと、その人の性格を踏まえて組織作りをしたら、もう少しスムーズに動いたかもなぁと今は思う。
男女の違いを話すと差別だと目くじら立てる人もいるけど、ボクは決して差別ではないと思う。
そもそも体や脳の仕組みに違いがあるわけだから。
それを踏まえた上で、平等に考えることが必要じゃないかなぁと思う。