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【日記】見守ってさえいれば

本塩釜駅の改札で待っていると、年寄りが多いモノトーンの乗客たちの中を、少し怠そうな足取りでRが階段を降りてきた。
金と銀の間のような色の髪を、肩の下くらいまで伸ばして、濃いギャルメイクで描いたマスクの上の目は、まるでマンガの絵のように見える。
「東京から里帰りした娘を迎えに来たら、ギャルになってて驚くお父さん、って感じに見えるかな?」
ボクがそう言うとRは変わらない笑い声を上げた。

Rは娘の同級生で、通信制の高校三年生。
繁華街のガールズバーで働いている。
「娘が家を出た」とRの母親から正月の挨拶のLINEで聞いた。
県内随一の進学校を中退し、ギャルと言われる格好で夜の繁華街でバイトをしているとは聞いていた。
「塩釜に引っ越したから遊びにおいで」
とLINEをすると、数日経ってから返信があった。
「落ち込んでて誰にもLINEできてなかった、ごめん。遊びに行こうかな」

とりあえず、近況を話しながら駅から家まで歩いた。
今は友達とルームシェアをして暮らしているという。
同居している友達が何もしないので、いやいやながらも、その子の分まで家事をしていること、
「超頑固者なんだよね」という祖父が、強い調子で家に帰るようにという説教をLINEでしてきたこと、
自分でもびっくりするけど自炊もしていることなど、休む間もなく言葉が出てくる。
「意外とママがいなくてもなんとかなるって分かったよね」
口を開けば喧嘩しているのに「意外と」と思っていることが可笑しかった。

まだ荷ほどきが終わっていない家に上げると、段ボールが重なった部屋を見回しながら、ちょっと呆れたように言う。
「引っ越して何日も経つのにまだこれなの?」
相変わらず遠慮がない。
買い物に行くという妻を送りがてら、一緒に車に乗る。
妻をショッピングモールで降ろし、ボクたちは二人で松島方面に車を走らせた。
「海ってテンション上がるよね」
そう言いながらも、あまり海は眺めずに近況を話していく。
「なぜかクリスマスの時期になると彼氏がいないんだよね。普通逆じゃね?」

渋滞する松島の観光地を抜け、奥松島に向かう。
昼時だったので、野蒜駅跡地にある和食のレストランに入った。
Rは海老天重を注文した。
「Tって本当に良いやつだよね」
Tというのは、Rの二卵性の双子の男の子だ。
年末に大掃除をしようと思ったけど、同居人がなにもしない。自分が散らかしたもの、食べ残したものもそのままで、困っていたらTが片付けに来てくれたという。
「バイト代出すよって言ったんだけど、そんなの良いってさ、ホント良いやつ」
Tは他人のためによく働く。彼がそういう性格になったのは、母親と妹の折り合いが悪いことと、小さい頃に両親が離婚して、母親に育てられたということがあると思う。
母親にはずっと精神的に頼りにされている。小さい頃からそれを感じてきたのだ。
「え〜、Tの性格ってうちらのせい?」
そりゃそうだよと言うと、Rは参ったなぁという感じで笑った。
食事を済ませて席を立つと、Rは近くにいた店員に「ごちそうさまでした」と声をかけた。
そしてボクが会計を済ませると、ちょっとニヤッとしながら、ボクにも「ごちそうさまでした」と頭を下げた。

それから野蒜海岸へ車を走らせ、海岸沿いの道に車を止めて砂浜へ降りた。
「Kって埼玉で楽しそうにやってるよね」
Kというのはボクの娘だ。
今は埼玉にあるボクの実家で祖母であるボクの母と暮らしながら、東京の通信制高校に通っている。
「結構、ネットの友達とオフ会とかやってるしさ、私、友達いないんだよね。友達ってどうやって作るんだろう」
もちろん、ボクの娘とRは友達だが、すぐそばにいて、いつでも気軽に会ったり遊んだりする友達は、そう多くはないようだ。
穏やかな海に、雲の切れ間から溢れる光が落ちている。
Rはスマホで写真を撮り、すぐにインスタグラムのストーリーにアップする。
ボクはその後ろ姿を写真に撮った。
それに気がついたRは振り向き、笑いながらピースサインを出した。
ギャルメイクの向こうの素顔が見えた気がした。

それからまた塩釜に引き返し、初詣を済ませていないというRを鹽竈神社に連れていった。
駐車場から神社に直接登らず、初詣はやっぱり表参道から行かないとと言って、一旦坂を降ってから、200段の急な石段の表参道に連れていった。
Rはその石段の前に来ると、
「マジか〜!食らった〜」
と驚きながらも笑っていた。
それから鳥居をお辞儀をして潜り、参道の端を登っていく。
息を荒げながらも、文句は言わずに登ってくる。
登り切ると「よっしゃ〜」と言って笑顔を向けた。

まだ参拝客の多い境内を歩きながら、神のこと、宗教のこと、神仏習合、神仏分離などの話をした。
Rは県内随一の進学校に合格したし、本もよく読むから知識もあるし理解も早い。
本殿に参拝を済ませるとRはおみくじを引いた。
「去年、Kと浅草寺で引いた時は凶だったんだよね。さすがに今年は大吉っしょ」
結果は末吉だった。
「マジか〜!」
「でもちょっと上がったじゃん」
「ちょっとだけじゃん!しかも良いこと書いてないし!」
確かに、自分を見直すようにというような内容が書かれている。
<外見を上手に飾り、見たところは良いが、内面的な深みを欠いてはいないか>
「読まれてるよ〜。でもこういうのってさ、みんな当てはまるようなことが書いてあるんだよね」
感情的に動いているように見えて、こう考えるところが昔から冷静だ。
こうやって話していると、Rは本質的には何も変わっていない。
「でもさ、○高校に受かったと思ったら辞めて、今はギャルでブン町(仙台の繁華街、国分町)でバイトしてるわけじゃない?そりゃ、良い子だったのに変わったって、周りは思うよね」
「昔からそんなに良い子じゃなかったけどね」
「マジか!それはそれでムッとするんですけど」
Rは昔から負けず嫌いで、食事をしていても、Tより少しでも多く食べないと気が済まなかった。それが元で争いになるのだが、いつもTが折れていた。
「そうだっけ?」
「気づいてなかったのかよ」
小さい頃から、娘と一緒にスキーやキャンプに連れていった。
その時からいつも母親や、母親の再婚者の気に入らないところをボクに漏らしていた。
しかしボクが返事をしながら話を聞いていると、やることが定まらない母親のことを心配する口調になり、子供二人を抱えたシングルマザーと結婚した、母親より若い再婚相手に感謝を見せるような話になる。
この日も同じような話をした。
居場所が見つからない、行く場所がわからない状況で、自分の思考の中をいつも彷徨っている。

妻をショッピングモールに迎えに行く時間になり、ボクはRを本塩釜駅に送っていった。
車が駅前ロータリーに着くと、Rは少し無言になってから、
「やりたいこととか、目標が見つからないんだよね。みんなどうしてるんだろう」
と前を見ながら呟くように言った。
やりたいことはいつの間にかできているもので、探せば見つからない。
「そうだなぁ、やりたいことが見つからないなら、得意なことをやれば良いんじゃない?」
得意なことで上手くいけば、それが好きになり、やりたいことになることもある。
「得意なことかー。あるかなー」
「勉強は?○高校受かったワケだしさ」
「勉強は得意だよ」
「じゃ、資格を取る勉強してみるとか」
「何の?」
ボクは少し考えて、ここ最近の自宅の売り買いを思い出して言った。
「宅建とか良いんじゃない?」
「宅建?」
「宅地建物取引士。不動産屋が持っていなきゃいけない資格。家の売買の仲介をするとさ、法律で手数料が何%って決まってるんだよ。取引額が大きいと手数料も大きいわけ。1000万円の家だと36万円くらいだったかな」
金額を聞いてRが驚く。
「それ、すげーいいじゃん!」
「とりあえず勉強してみたら?ママは大学行かないのかって心配してると思うけど、必要だと思ったら行けば良いしさ。Rならいつでも受かるだろう」
「だねー。良い情報ありがと。帰りに本屋に寄ってみるわ」
そう言って、Rは笑顔で手を振りながら駅の方へ歩いていった。

その日の夜、RからLINEでメッセージが届いた。

今日はありがとう
楽しかった
来年は大吉人生

来年のことを言うと鬼が笑うけど、彼女は見守ってさえいれば大丈夫だろう。







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