【エッセイ】宇宙の調和を乱すモノリスがボクを悩ませる
(1867文字)
眉毛に違和感を感じまして、グイッと引っ張ってみたら、すごく長い眉毛が抜けました。
どうやら、将来は村山元首相のようになることが確定のようです。
そんなことより、ずっと悩んでることがあるんですよ。
ボクは、何を隠そうラーメンが好きだ。いや、隠す必要ないけど。
色々食べたけど、やっぱり2周くらい回って、シンプルな醤油味の中華そばが良いね。
あっさりしてるけど、しっかりしたスープに支えられて、バランスよくブレないラーメン。
ラーメンをじっくり味わいたい時はひとりが良い。
カウンターに座り、厨房の中の対戦相手の動きを伺う。
無駄のないリズミカルな動きに、俄然、期待度が高まる。
水をゆっくりと喉に流し込み、口内にラーメンを導く環境を整える。
ラーメンがやってきたらまずその佇まいを感じる。
店主の想いが詰まったラーメンは丁寧に盛り付けられ、凛として美しい。
写真は宮城県丸森町の人気店「きく屋」の中華そば。
その佇まいから美味しいラーメンだということが分かる。
チャーシューは二枚、それなら序盤と終盤に分けて食べよう。
メンマは三本か四本か。前半、中盤、終盤と分けて食べるのがセオリーだろう。
煮卵は丸々一個そのままか。折り返し地点で休憩がてら食べてしまおう。
頭の中に完食までのロードマップを描き、レンゲを手にする。
誰も知らない森の中の湖のように静まりかえった水面をそっと掬い、ゆっくりと口に運ぶ。
美味い。
動物系の味、節系の味が、それぞれ主張しすぎることもなく深淵で混ざり合う。
塩味や油感もそれに従い、その全てをかえしが優しく包み込む。
期待通り、いや、それ以上の味。
それはまるで、人知を超えた秩序で成り立つ宇宙そのものだ。
具材の下できれいに整えられた麺はストレートの細麺。
小麦が感じられる素朴な味。このスープを纏う相手としてこれ以上はないだろう。
麺を一口、二口と運んだ後に、ボクは1枚目のチャーシューを口に運んだ。
昨今の流行のようにジューシーではないが、パサパサ感もない。
それで良いのだ。
全てがバランス良く整えられた中で、チャーシューが空気の読めない子供のように振る舞う必要はない。
それからまた麺を一口運び、メンマに箸を伸ばす。
しっかりと味が染みているが、手作り感のある味でこの宇宙の調和を乱すことなく、しかしここには足りないシャキッとした食感を提供している。
自分の仕事を良くわかっているのだ。
時々、麺と共に口に飛び込んでくるスライス玉ねぎも良いではないか。
中華そばに玉ねぎは少々邪道にも感じるが、ほのかな甘みを遠慮気味に口内にもたらす。
ボクはロードマップ通りに、焦らず、残りの麺の量を把握しながらダンジョンの奥へと進む。
中間点で煮卵をゆっくりと完食して水を飲む。一呼吸おくと気持ちを新たに後半戦へと突入する。
麺は残り三分の一となり、メンマは残り一本。そこでもう一枚のチャーシューに手を伸ばすと思う方もいるかもしれないが、ここで掴み上げるのは色鮮やかなナルトだ。
ナルト自身にそれほど味はない。しかし、目を楽しませるという彼にしかできない役割を担ってきた。
「ありがとう」
隣の席の客に聞こえないように礼を言い、食道から胃の奥へと誘う。
そして目の前の色を失った宇宙に再び向かうと、いよいよラストスパートだ。
残りのチャーシュー、麺、メンマ、その間に温度を下げたスープも口にしつつ、フィニッシュへと向かう。
さて、ここまで読んだ方は気がついただろうか。
何かを忘れていることを。
そう、海苔だ。
海苔なのだ。
どこで食べれば良いのだ?
そもそも海苔はラーメンに必要か?
海苔ならではの磯の香りは、この宇宙の調和から外れているように感じるのはボクだけか?
スープが染みて腰砕になった海苔を口に運ぶと、一瞬、スープの味と手を取り合って飛び込んでくるように感じるが、それはすぐに裏切られ、彼は自己主張を始めると早送りで見る細胞分裂のように口の中を磯の香りで支配する。
彼が嫌いなわけではない。白飯なら良いのだ。
しかし、今は違う。
そう思わずにはいられない。
その彼を、どのタイミングで口に運べば良いというのだ?
場合によっては、3枚が宇宙の縁で壁のようにそそり立っていることすらある。
ラーメンを食べさせたいのか、海苔を食べさせたいのか。
その主張の強さがある以上、目を楽しませる役目とは到底言えない。
どこで食べるのが正解なのだ…。
処暑もすぎ、暑さの質が少し変わったように感じる土曜の朝。
ボクの脳裏には、海苔がモノリスのようにそびえ立ち、悩ませ続けるのだ。