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【エッセイ】車窓からドラマを感じる各駅停車の旅
(2125文字)
変なことに引っかかっちゃう性格です。
例えば、
「電車で行ったの?」
なんて聞かれた時。
それが「電車」ではなく「ディーゼル車」だと、
「電車って言うか、ディーゼル車だけど」
と答えてしまう。
相手は「鉄道」という意味で「電車」を使っているので、そんな違いを言うのはズレていると分かっているんだけど、どうもすんなり「そうだよ」とは言いづらい。
ボクの母は未だに「汽車」を使う。これは年配者の多くがそうだと思うけど。汽車なんて観光用しか走ってないのにね。
しかしよく考えてみると面白い。
なぜ「鉄道で行ったの?」というような使われ方が定着していないのか。
おそらく、鉄道より汽車、電車の方が言いやすいからだとは思うんだけど、それだけではないような気もする。
とりあえずチコちゃんに聞いてみるか。
そういえば、しばらく鉄道旅行してないな。
昨年末に新幹線に乗ったけど、あれは移動手段で鉄道旅行という感じがしない。
子供の頃は鉄道旅行が好きでしたね。
山形の母の実家に行くのに、ブルートレインに乗りたいがためにわざわざ青森まで行って、そこから鈍行で秋田経由で山形まで行ったり。
遠回りどころの話ではない。
でもそういう計画を立てるのが好きだった。
考えてみると、今、登山の計画を立てるのと、感覚的にはあまり変わりがない。
鈍行の旅も良いんですよね。
山形から上野まで鈍行を乗り継いで帰ってくることもよくやりました。
あの頃はまだ子供だったから、同じボックスに座ったおばちゃんからりんごをもらったりして。
そしてひとつひとつの駅に止まっていく。
小さな駅で大きなスーツケースを持って、女の人がひとりだけ降りたりしてね。何かそれだけでドラマを感じてしまう。
「ふぅ」
改札口のある駅舎への連絡橋を降りきって、抱えていた大きなスーツケースを下ろすと、市子は息をついた。
改札口には誰もいなかった。数年前から無人になったという。
売店もなくなり、駅はただ無言で静かに迎え入れるお爺さんのようだと市子は思った。
置かれている箱に切符を入れ、駅舎を出ると長靴を履いた男がひとり立っていた。
「よう」
「え?タッちゃん?何してんの?」
「迎えにきたんじゃねぇか」
「なんで私が帰ってくるの知ってるのよ?」
達郎は驚いて立っている市子からスーツケースを奪うと、
「お前の母ちゃんに頼まれたんだよ」
と言って歩き出した。
「乗れよ」
「え?軽トラ?」
「なんだよ、文句あるならタクシーでも呼べ」
そう言いながら達郎はスーツケースを荷台に乗せた。
「何年ぶりかな?」
「10年くらいか?ほら、30のとき、浩二が声がけして同窓会やったべ。あれ以来だな」
「そうかぁ、そんなに経つのね」
それで会話が途切れた。地方局のラジオからは、スキー場が今年で営業を終了する話が流れている。
「雪、積もってるね」
「これでも少なくなったよ。雪下ろしの回数も減ったし、暮らすには楽になった」
粉雪が降り積もった田んぼの上に光が差し、キラキラと光っている。
チェーンを巻いたバスが、シャンシャンシャンと音を立ててすれ違っていく。
「タッちゃんは今なにしてるの?」
「え?何って、相変わらず農家だよ」
「そう」
赤信号で止まると、達郎はラジオのスイッチを切り、ハンドルにもたれて前を向いたまま話を続けた。
「まぁ、農家といっても最近は残った仲間たちと会社を作ってな。年取って作れなくなった家の田んぼを借りて手広くやってる。お前んちの田んぼも借りてるよ」
「そうだったの。結婚は?」
そう訊かれて、達郎は少し市子の方を向いてから再び前を向き、青信号で車を発進させると、少し笑った。
「俺みたいな男に嫁なんて来るかよ」
俺みたいな、というのは容姿のことだろう。達郎は背も低く、美男子とは言えない。ゴツゴツした丸顔で、小さな目に大きな鼻はジャガイモを連想させる。幼なじみの達郎が、そのことにコンプレックスを持っていることを、市子は小さな頃から気がついていた。
だから、市子に想いを寄せていながら、それを言い出せないことも。
「私ね」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
離婚するかもと言いかけて、市子は口を閉じた。
達郎は何も聞かなかった。それが達郎の優しさだということを、市子は思い出した。
「今晩な、仲間たちと飲むんだけど、お前も来るか?」
「え?」
「浩二と、ふたつ下の雄太、覚えてるか?今、あいつらと会社やってるんだよ。今日は会議と銘打った飲み会だ」
「行っても良いの?」
「もちろんだ。そしたら恭子も呼んでもらうか」
「え?きょうちゃん?」
恭子は市子と達郎の同級生で、中学校から一緒だった。
「あれ?お前知らないのかよ。恭子と雄太、3年前に結婚したんだぜ」
「えー、そうだったの?」
「姉さん女房だからな、雄太が尻にひかれてる。ハハハ」
ふたりの笑い声が収まると、再び車内は静かになり、古い軽トラのサスペンションが軋む音が響く。
「しばらくこっちにいるんだろ?」
「うん、そのつもり」
「何かあったらいつでも呼べ。いや、何かなくても良い。気が向いたら俺を呼べば良い」
久しぶりに感じる達郎の優しさに、市子は涙が流れそうになって、笑顔を見せながら、気づかれないように目頭を押さえた。
傾きかけた陽に照らされて、白鳥の群れが飛んでいく。