【ショートショート】ロボタ発進
(2392文字)
登山口の駐車場に車を止め、登山靴に履き替える。
平日だからか、駐車場に他の車はなく、仮設トイレが一台立っているのみ。
よく見かける青いトイレ。トイレがあるのはありがたい。
それにしてもこのトイレは、後ろから見るとロボットに見えるなぁといつも思う。
換気口なのだろうけど、丸がふたつとその下に長方形が配置されていて、これがロボットの目と口に見えるのだ。なんだか可愛らしい。
登山靴の紐を締め、歩き始める前にとトイレの前に回ってドアを開けた。
中は真っ暗だった。もう充分に朝の光が入っているはずだと不思議に思っていると、ヴイーンという音が響いて、明かりが灯った。
といっても普通のトイレの電灯ではなく、壁に薄緑色の小さなランプが順を追ってついていく。それに赤いランプも混じる。
ぼんやり明るくなったトイレ内で目の前を見ると、便器ではなくレーシングカーに使われているようなシートがある。
どういうことだ?
なんとなく座ってみる。
すると突然、シートが180度回転した。
思わず「うわっ」と声がでた。
そこには目の前に右手、左手それぞれで操作するようにレバーが2つあり、その間には意味不明な計器が並んでいる。
コックピット?
そう思った次の瞬間、全面の壁が全て透明になった。
360度スクリーン?
トイレがグラッと揺れて、持ち上げられるように上に動く。
スクリーンには、このトイレから生えているであろう手が見える。
ということは、足も生えて立ち上がったということか。
「宇宙空間に敵を感知しました。ロボタ発進します」
ロボタ?
トイレじゃなくてロボットなの?
っていうか、誰?誰の声?
ヴィーンという音がして、外の草木が揺れ、土埃が舞い上がるのが見えた次の瞬間、ロボタは一気に空に向かって垂直に跳び上がった。
震度3くらいの揺れと共に、ゴゴゴッーという音を響かせ、どんどん高度を上げていく。強いGがかかり、必死に耐えながら外を見ると、瞬く間に今日登る予定だった山の頂上を超え、街もどんどん小さくなっていく。
目の前の出来事を把握するのに必死で、恐怖感は全くない。
飛んでいるってことだよな?
さっき成層圏って言ってたよな?
っていうか、誰の声?
ロボタ?
敵?
気がつくと、そこはすでに宇宙空間で、足元にテレビの映像でしか見たことがなかった地球が見えた。
ほんの少し地球の美しさに見惚れていると、遙か彼方から一筋の光がこちらに向かって来るのが見えた。
このままではぶつかると思い、反射的にレバーを右に動かすと、光はわずかに逸れて後ろへ飛んで行った。
もしかしてビーム?
これが敵?
光はどんどん飛んでくる。
それを必死に避ける。
そして最後には円盤型をした何かが頭上を通り過ぎて行った。
ということは、あの円盤が敵か。攻撃されているってことか。
だとすれば、倒さなければやられるのか。
円盤が飛んで行った方向を見ると、旋回して再びこちらに向かってくる。
やるしかないのか。
そう思った時、お尻のポケットに入れたままの財布が邪魔に感じて、右手でそれを取り出し、計器の下の隙間に挟んだ。
左右のレバーには親指の位置にボタン、人差し指の位置にトリガーが付いている。
これで何かしらの攻撃ができるはずだ。
試しにトリガーを引くと、ロボタが両手で構えたライフルからビームが飛び出した。
画面には十字のオレンジのラインが付いている。敵をこれに合わせれば良いはず。
レバーを動かして円盤を追い、トリガーを3回引くと、ビームは円盤を直撃し、音もなく爆発した。
よし!
喜んだのも束の間、円盤は2機目、3機目が現れて攻撃してきた。
ビームの光を潜るようにして避け、親指のボタンを押してみた。
すると画面に薄緑色の丸が現れて円盤を追う。それが円盤と重なった時、丸が赤く点滅したのでもう一度ボタンを押すと、振動と共にミサイルが飛び出して円盤を追いかけて行き、5秒くらいして命中した。
やった!と喜んでいると、残った1機が目の前に来ていた。危ない!と反射的にトリガーを引くと、それは目の前で爆発し、その圧力で後ろに飛ばされた。
そのGに耐えてロボタが止まると、あたりは再び静かな宇宙空間に戻っていた。
「任務を完了しました。帰還してください」
そうアナウンスが流れると、画面に下からシャッターが上がってきて全てを覆い、外が見えなくなった。
まさか大気圏突入か?
そのまさかだった。
ロボタは地球に向かって急降下を始めた。
だんだんとコックピット内が暑くなっていく。
額から汗が流れる。振動が大きくなる。
大丈夫なのか?
無事に帰れるのか?
ここに来て急に恐怖を感じ始めた。
目の前の計器の針が動いているが、何を表しているのか解らない。
頼む!頑張ってくれロボタ!
祈っていると、だんだんと室内の温度が下がり出し、シャッターが開かれ、再び外が見えるようになると、そこは一面の雲海で、ポツンと円錐形のものが頭をのぞかせていた。
それはすぐに富士山だと分かった。
戻ってきたのだ。
ロボタは雲海に突入し、そこを抜けると街が見えた。
帰ってきたと思うと、急に体の力が抜けた。
そしてロボタはゆっくりと登山口の駐車場に着地した。
ようやく安心したのも束の間、室内の照明が全て消えて、シートが180度回転するとドアが開かれ、ガタンとシートが傾いて、外に放り出された。
「うおっ」と声を出しながらバランスをとり、なんとか転ばずに後ろを向くと、ロボタは「ありがとう」とでも言うように少し頭を下げてから、再び空へと飛んで行った。
なんだったのだろうか。
夢かとも思ったが、そうではないらしい。
その証拠に、お尻のポケットに入れておいた財布がない。
戦闘が始まる時、コックピットの計器の下に挟んだのだ。
お金はもちろん、免許証もマイナンバーカードも入っている。クレジットカードも止めなければならない。
とりあえず警察に行って紛失届を出さなければならないが、果たしてこの話を信じてもらえるだろうか。
終
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?