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FC町田ゼルビア 再起した男たちの決意

今季、FC町田ゼルビアで再起し、チームをJ1でも戦える集団に引き上げた男たちがいる。

昌子源、谷晃生、オ・セフン、仙頭啓矢、柴戸海だ。

昌子以外は開幕戦から先発に名を連ね、昌子も直前の怪我がなければキャプテンマークを巻いてピッチに立っていたはずだった。彼らは皆、前所属クラブで出場機会を失い、自らの価値をもう一度示そうと集ってきた男たちである。

今年の10月頃、クラブハウスの食堂で昌子は原靖フットボールダイレクターと昼食を食べていたとき、おもむろに言われたという。

「もしかしたら沈むかもしれない船に、覚悟をもって乗ってくれた源くんたちにすごく感謝してる」

今季、夏の補強で相馬勇紀や中山雄太ら日本代表クラスが町田に加入し、大きな話題となった。その頃の町田はJ1で首位争いを演じ、谷という日本代表メンバーもいた。

しかし、昌子がオファーをもらったときは状況がまったく違う。クラブとして初のJ1、メンバーの多くがJ2をメインにプレーしてきた。昇格組は毎年のように残留争いに巻き込まれる厳しいカテゴリーだ。町田もそうなる可能性の方が高いと、周りの多くはそう思っていただろう。

ガンバ大阪時代、残留争いを経験した昌子は「とにかく試合に向かう一週間が楽しくなくて、しんどかった」と当時を振り返る。できることならあんな思いは二度としたくなかった。それでも昌子は“FC町田ゼルビア”という船に足を踏み入れた。

かくして5人は町田に集い、躍進を支え、再起を果たした。J1初昇格クラブとして史上最高位の3位となり、ACL出場権も獲得。懸念された残留争いどころか、快挙といえる大健闘だった。

あのとき、再起をかけた男たちはなぜ町田への移籍を決め、そこにはどんな決意があったのか、改めて聞きにいった。


昌子 源「トップパフォーマンスに戻れる。自分自身で信じていたからこその決断」

11月頃、取材に応じるキャプテンの昌子源

最終節の鹿島アントラーズ戦前、キャプテンの昌子に改めてシーズンを振り返る取材の機会があった。会議室では10人ほどの記者が昌子を囲んだ。

「これは嬉しかったことなんですけど」と前置きすると、10月のある日のことを語り始めた。

その日、昌子はクラブハウスでみんなよりも遅く、ほかに誰もいない食堂で一人食事をしていた。そこへ原FDが「ちょっと一緒に食べようか」と向かいの席に座った。

「黒田さんとも話していたんだけど、今年どうなるかわからない、クラブがもしかしたら沈むかもしれない。そんな状態で、鹿島ではタイトルも取って、地位もあったと思う。でもそれを置いてこっちに来てくれた。今でこそ相馬や中山とか代表クラスが来てくれたけど、沈むかもしれない船に一番最初に覚悟をもって乗ってくれた。そういう選手は大事にしないといけないよねと、黒田さんとも話していた。今こうやって良い順位にいるのも源くんたちの働きがあったからこそ。すごく感謝してる。ありがとう」

シーズンも佳境に入った大事な時期。昌子は原FDから改めて感謝の言葉をもらったことが、ことさらに嬉しかった。2023年のシーズンオフ。町田からのオファーを受けるとき、原FDからこう言われたという。

「来年の新チーム、そんなにうまくいかないと思っている。だからこそ、あなたの力が必要なんです」

昌子はガンバ大阪時代に残留争いの辛さを知っている。その頃、周囲の町田の評価は、残留争いをする可能性のほうが高いだろうという見方だった。正直、昌子もそっち寄りだったという。それでも原FDの言葉に心が動いた。

「原さんは長いことJリーグで強化をやってきた方なので、いくらお金があって、J2を圧倒的に優勝したからといって、J1はそんな甘いものではないと理解されている。だからこそ、チームが苦しいときにしがみつける存在がほしいと」

昌子源

鹿島やG大阪のように歴史が長く、多くのタイトルを勝ち取ってきたクラブには、クラブそのものにしがみつけるだけの太い幹がある。しかし、まだ歴史の浅い町田にはそれがない。

「町田もクラブとしてこれから幹を築いていくなかで、やっぱり人にしがみつくときって絶対にある。町田が苦しい時に引っ張り上げるやつが必要となったとき、ちょっと僕の仕事かなと思った」

昌子源

クラブから強く必要とされるのは、選手の心をなにより突き動かす。それだけ必要とされても昌子には奢るような気持ちはなかった。

「もちろん、クラブには俺のキャリア、経験というものを求められたんですけど、ただ、なんか上手いからとか、なにかを買われて町田に来たという感覚ではなかったかもしれないですね。それよりももう一回、再起の場を町田が用意してくれたんだと」

昌子源

昨季、G大阪から鹿島に復帰し、古巣を助けるために戻ってきたつもりだった。しかし、21試合出場も先発はわずか4試合。かつてのパフォーマンスはなりを潜めていた。そんな昌子を原FDや黒田剛監督の言葉が奮い立たせた。

「『鹿島であまり出られなかったかもしれない。でも試合に出続ければトップパフォーマンスに戻れることは知っている』と、原さんや監督が言ってくれて。自分自身でもそれを信じていたからこその決断でしたね」

昌子源

今季、昌子はその言葉通り、トップパフォーマンスを取り戻し、リーグ最少失点、最多クリーンシートに大きく貢献。Jリーグアウォーズでは優秀選手賞にも選ばれた。

昌子ら再起を狙う選手たちのハングリー精神が、チームに与えた影響は大きかっただろう。それは自身らでも感じる、あるいは意識していたのだろうか。

「今年、このチームが結束するにあたって、メンツをパッと見た時に、去年J2で主にやっていた選手と、J1でなかなか出られなかった選手の集まりだった。みんなが“もう一度”って、元々そういう集まりだってことを理解した上でのスタートだったので、それは間違いなくあったと思うし、もしかしたらそれがよかったのかもしれないですね」

昌子源

野心に溢れた選手たちが強固な一つの集団となり、多くの対戦相手を圧倒し、J1優勝を争えるまでのチームに成長した。その中心にはキャプテンマークを巻いた昌子がいた。

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