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勝負師・黒田剛の一手 その苦悩と決断


「非公開にした理由がわかったでしょ?」

黒田剛

11月15日、第36節・FC東京戦後のオフ明けの三輪緑山ベース。トレーニングを終えた黒田剛監督は記者に向けてニヤリと、そう一言を残してクラブハウスへ向かって行った。

F東京戦前、リーグは優勝争いも佳境に入った終盤戦である。町田は第31節・北海道コンサドーレ札幌戦以降、5試合で勝ちがなかった。札幌戦の前も連敗こそないが、勝ち点が伸ばせず、不調に陥っていた。

そして第35節、すでに降格が決まっている最下位のサガン鳥栖に1-2で敗戦。一時は首位を走った町田は3位まで順位を落とした。上との勝ち点差は2位サンフレッチェ広島と5、首位ヴィッセル神戸とは7まで広がっていた。

F東京に敗れれば、町田の優勝の可能性は消滅。同節で神戸が勝ってもその可能性は潰える。土俵際に追い込まれていた。

そんな試合で、黒田監督は勝負の一手を打つーー。

これまでの4-4-2から3-1-4-2の3バックにシステム変更。2ボランチを1アンカーにして前に人数を増やし、チーム全体でこれまでよりマンツーマン気味に人を捕まえにいくプランに変えた。

町田は週2日、公開練習を行なってきたが、この週は完全非公開だった。先発メンバーの発表を見た瞬間、「このための非公開だったわけだ」とすぐに察しがついた。

そしてピッチ上での選手たちの並びを見て、さらに合点がいった。1アンカー、2シャドー、2トップという並びは湘南ベルマーレの形。F東京は前節、その湘南に敗れている。トップ下の荒木遼太郎さえ捕まえられれば、うまくハマることが想像できた。

黒田監督のシステムとプラン変更という策がはまり、試合は3-0。長いトンネルから抜け出したような快勝で、優勝争いに踏みとどまった。

練習場を“してやったり”という顔で引き上げていく黒田監督の背に「本当にお見事でした」と声をかけると、軽く右手をあげて応えた。

その背を見ながら「監督は3バックを捨てていなかったんだな」という思いと、一つ疑問が残った。

監督はいつ決断したのだろうかーー。


3バックという選択肢

黒田監督は昨季から3バックを採用してきた。

昨季の第38節・ヴァンフォーレ甲府戦で3バックにして、守備の立て直しを図ったことがある。その試合では3-3と失点を重ねたが、その後の5連勝、J1昇格・J2優勝へつながった要因の一つだ。

終盤に守り切るための5バックにすることもあり、珍しい采配ではない。それゆえ「今季もどこかで3バックに舵を切るタイミングが訪れるだろう」とシーズン前から思っていた。

町田の4-4-2システムは、昨季から3バック相手に苦戦を強いられることがあり、今季も引き続き課題としてあった。

正確に言えば、相手がボール保持時に最終ラインを3人にしてビルドアップしてきたときだ。町田の2トップのプレッシングは数的優位を作られてハマらず、中盤のスペースを使われ、ハイプレスが機能しないことがあった。

J2ではそこで前進を許しても多くの場合、後ろの守備で抑えてきた。ただ、決定機でシュートが枠にいかなかったり、チャンス手前のパスやコントロールがずれたりなど、相手の質に助けられた側面もあった。

試合を通して見れば苦戦というほどではないが、守備がハマらず、苦戦の火種のある試合は多々あり、その解決策の一つが3バックだった。

ウイングバックも含めた5人でまずは後ろのレーン、スペースを埋め、人を捕まえる。それによって再び前の選手が積極的に出ていけるようになり、チーム全体の守備の強度を取り戻した。

もちろん、システムを変えただけで全てが解決するほど簡単な話ではない。それでも町田対策への一手として、3バックの選択肢は昨季から持っていた。

J2では相手の質に助けられたが、J1ではそうはいかない。どこかでそのカードを切るときがまた来る。それは想像に難くなかった。

"ブレたくない"信念

F東京戦での躍動ぶりを見て、もっと早く3バックを試してほしかった。そう思う人はいたかもしれない。それだけシーズン後半は、相手の町田対策が顕著だった。

でも黒田監督はそのカードを簡単には切らなかった。その理由を改めて紐解いていくと、いくつか浮かび上がってくる。

まずは第6節・広島戦での敗戦だろう。町田はそれまで4連勝と好調だったが、同じく3バックを敷く広島相手に3バックで臨んだ。相手が想定していないミラーゲームを仕掛けたが、3バックの戦い方を熟知する広島には通用しなかった。

結果的に1-2というスコア以上の内容差で敗れ、これ以降、36節・F東京戦まで3バックでのスタートはない。F東京戦後、黒田監督は採用しなかった理由の一部をこう明かした。

「あまりブレたくないというのも自分自身にあった。ちょっと結果が出ないからと3バックにし、それがうまくいかないとまた4バックに戻す。そうした一貫性がなく、ブレてしまうことはしたくなかった」

黒田剛

ブレたくない。黒田監督が口癖のように繰り返す信念だ。次もし失敗すればまた4バックに戻し、一貫性を欠くことになる。それゆえ、広島戦の敗戦を引きずり、3バックの採用を慎重になった面はあっただろう。

そして、ブレたくない理由はもう一つあった。

「やり方をコロコロと変えていては、なにがよくて、なにが悪いのかがボヤけてわからなくなる」

黒田剛

これもよく口にしてきた言葉である。目の前の勝利はもちろん追求する。その一方、初めてJ1を戦う上で、この舞台で長く生き残るためのデータ収集、チーム作りという中長期的な視点も決して失わなかった。

そのため、シーズン前半を首位で折り返した4-4-2を継続し、どこが通用し、通用しないのかを洗い出す作業を辛抱してやっていた側面はあった。それをシーズンオフに分析し、来季以降のチーム作りに生かすという話はよくしていた。

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