「地球は、私たち人類のいない世界を寂しがるだろうか」
「地球は、私たち人類のいない世界を寂しがるだろうか」
アメリカ人ジャーナリスト、アラン・ワイズマンは、2007年に著した『人類が消えた世界』で、こんな言葉を記している。
いま、私たち人類は、根源的であり、本質的である問いを突き付けられている。
「あなたたち(わたしたち)は何処からきたのか、あなたたち(わたしたち)は何者か、あなたたち(わたしたち)は何処にいくのか。」という問いよりも、
「あなたたち(わたしたち)は何をしてきたのか、あなたたち(わたしたち)は何者になりたいのか、あなたたち(わたしたち)は何処に行きたいのか。」
哲学の役割の一部である啓蒙とは何か:啓蒙(Enlightenment/光をあてる) ≒ 見通しを良くする。
「啓蒙とは何か」という問いを発した時、カントが言わんとしたのは、「たった今進行しつつあることは何なのか、われわれに身に何が起ころうとしているのか、この世界、この時代、われわれが生きているまさにこの瞬間は、いったい何であるのか」ということであった。(中略)われわれは何者なのか―歴史の特定の瞬間において。~カント『啓蒙とは何か』(1784年)より~
一時、人類が消えた街にまた人々が戻ってきた。
私も昨日はは北(東京)へ。