小説「ムメイの花」 #9本心の花
私の名前はデルタ。
朝の6時。
家を出て、カメラを覗きながら
ロケットを望むために設置された、
近くのベンチへ向かう。
始発ロケットが発射するのも
アルファが花と共に家の前に立つのも
いつも7時。
人々の生活が始まる前の
朝の独り占めをしている感覚が、私は好き。
活発な人々の熱気で揉まれることなく、
朝の本当の表情が見える気がする。
カメラを下ろし、空を見上げると
それぞれの家の屋根に咲いた花が目に入ってきた。
そう言えば、何日か前に
アルファはこう言っていた。
「花を見るチカラって何だと思う?」
私は「本当の姿を見抜くこと」と答えた。
でも、本当のことを言えば
花も人も本当の姿を知ったとき、
それって生きやすいのかな。
実は本当の姿を知らないからこそ、
花もきれいに見えたりして……
✳︎
私のママは
ファッション雑誌『I’m MUME(アイアムミューム)』
通称アイミューの専属トップモデル。
その影響もあって
カメラが身近にある生活をしていた。
生まれつき目が悪い私は
「メガネより良く見えるぅ!」と
ママによく言っていた。
ママはカメラを向けると
たくさんの表情があった。
クールになったり、キュートになったり。
人の要望にも応えていた。
どの表情のママも好きだけど
そのときの私は、
”私のママ”とは別の人に感じていた。
本当のママはみんなに隠している姿。
私しか知らない。
逞しさや忍耐、強さを感じるもの。
どうしても本当の姿を伝えたくて
アイミューの仲間に私が撮った写真を見せた。
すると、手で口を押さえたり
眉間にシワを寄せたりする人もいた。
その様子を見たママは急に写真を取り上げ、
私の手を引いてその場を去った。
家に帰ってから、ママは
取り上げた写真を机に向かって放った。
「ママはね、みんなの憧れの的になるべき人なの」
「憧れぇ?私のママは憧れだよぉ?」
「あなたの憧れとみんなの憧れは違うわ。
あなたの憧れは、あなただけ。
みんなは求めていないの」
激怒されることを覚悟した。
でも、返ってきたのは
もっと強烈なことだった。
「なんでもかんでも
自分をさらけ出すのは無計画な生き方。
でもね、デルタはさすが私の娘。
人の本心を見抜く才能がある。
女こそね、頭良く生きるべきよ。
頭の良い人は、普段から爪を隠して
まわりの様子をじっとみるの」
ママは目を大きく見開き
机の上に両手で爪を立て、拳を作った。
きれいに手入れされた爪が光り
手のひらのなかにスッと消えた。
にやりとすると、きらっとグロスも演出した。
✳︎
やっぱり、本当の姿を知らないからこそ、
花もきれいに見えるのかもしれない。
「まあなんでもいいやぁ」
私は小さな声で呟いた。
ベンチに座り、過去の写真を見返した。
目に留まった「みんなの学習帳」に
応募したときの花の写真。
比べてみると、なんだか
花が小さく、色が薄くなっているように感じる。
「まあなんでもいいやぁ」
もう一回、小さな声で呟いた。
なんだっていい。
今日も私にだけ見える
本当の世界をカメラに収める。
目の前の一瞬は一生モノだから。
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