あかねちゃんのバイバイ

幼少期、団地に暮らしたことがある。我が家の一階か二階下には同い年の女の子が住んでいた。仮に彼女の名前をあかねちゃんとしておこう。

日曜日、母親に連れられて外へ出ると、あかねちゃんも家から出てきて、自然と一緒に遊ぶことがあった。あたまのてっぺんで結んだ髪の毛に黄色いオーバーオールを着たあかねちゃんは、ハキハキした活発な子だった。お兄ちゃんがいたせいもあるのか、男の子たちに交じって草むらを駆け回り、泣かされても、頬を赤くしてしばらく泣いたら、けろっと立ち直って走り出すような子だった。いたずらなところもあって、摘んできた雑草を片手にそっと近づき、ぽいっと相手にぶつけては笑い転げていた。

ある日を境に、あかねちゃんは団地からいなくなった。山を越えた向こうの町中にある一軒家へ引っ越していったからだ。
「団地から一軒家へ引っ越す」ことは、子供心にも「いいこと」だという認識があった。自分はいつになったら一軒家に引っ越すんだろうと羨ましかったが「うちは旅行にお金を使うから家は建てない」と両親がよく言っていたのもあり、我が家の「いいこと」は「旅行に行くこと」だから仕方ないのだと思った。

やがて、小学校入学前の一年間だけ幼稚園にあがった私はあかねちゃんと同じクラスになり、小学校こそ離れたものの、中学校ではまた一緒になった。話せない仲ではなく、かといって大の仲良しでもない、それでもメールアドレスは知っている、という、いまだに「幼馴染」の庭の中で浮遊し続けているような、そんな関係だった。

高校生になると、あかねちゃんとはまた学校が違ってしまった。それでもまだお互い顔は覚えていたのだけれど、それは「願い」のようなものに似ていた。団地で一緒にふざけあったあの時間は消えないという「願い」に。

駅の改札口であかねちゃんを見かけたのは、いつの季節だったか。
緑色のブレザーの制服に身を包んだあかねちゃんは改札を出たところで、セーラー服の私はこれから改札に入ろうとするところだった。
「あかねちゃん!」と声をかけると、彼女は振り返ったが、立ち止まらなかった。にっこり笑い、「あっ、バイバーイ!」と言ったきり、さっと前を向くと、あかねちゃんは二度と振り返ることなく歩き去ってしまった。幼いころに引っ越したあの一軒家に向かって。

今思えば、彼女が山の向こうの一軒家に引っ越した時点で、私とあかねちゃんの幼馴染関係は終わっていたのかもしれない。改札での「バイバイ」の一言は、私にとっては決定打のように思えた。


人は様々なものに、にくらしいものに、うらめしいものに、今後必要のないものに、「バイバイ」の一言で区切りをつけることができる。
今後二度と会うことはないであろうあかねちゃんの「バイバイ」。

そんな潔い人生の「バイバイ」が、私にもできるだろうか。

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