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匂いが呼び起こす記憶。

キンモクセイの匂いがすると、必ず思い出す光景がある。高校の文化祭だ。

文化祭はいつも11月の初め頃だった。私たちの学校では、部活ごとに出店を出す風習があり、部員は店先で売り子をしていることが多かった。

その年は、私にとって高校生活最後の文化祭。いつもなら出店に立つのだが、この年は違った。文化祭の実行委員をしていたのだ。実行委員の当日の仕事は、ひたすら雑用だ。ゆっくり出店を見て回る暇なんてなかった。

それでも心は踊っていた。なぜなら、片想いの相手もまた、同じ実行委員だったからだ。忙しく走り回っていても、彼と話す口実はいくらでもあったし、そもそも一緒に実行委員の仕事をしているということ自体が嬉しかった。

彼は黒ぶちのメガネをかけていた。秀才タイプで、実際に頭が良かった。だけど時々、おどけて冗談を言うこともあった。彼と話していて、私はよく笑った。それと同時に尊敬もしていた。話せるだけで胸がいっぱいだった。

そんな彼には、どこから漏れたのか、私の好意が伝わっていた。少なくとも、文化祭の少し前までには。それ自体は私も勘付いていて、いつもと変わらない様子で接してくれる彼に感謝しつつも、少し怖かった。

本当は知っていたから。彼には忘れられない元カノがいること。今もその子のことが好きだってこと。

そんな中で迎えた文化祭当日。どんな経緯だったか忘れたけれど、たまたま彼と一緒に歩き回ることになった。途中の出店でアイスを買った彼に「いいなー」と言うと、アイスをスプーンですくって食べさせてくれた。心臓が止まるかと思った。味なんて分からなかった。

そのあと少し食べた彼は、カップに半分ほど残ったアイスをくれた。「まだ(元カノのこと)全然好きだからなー」と愚痴でもこぼすかのように言いながら、彼は他のところへ向かって歩いて行った。

私はもらったアイスを見つめながら、その場に立ち尽くした。あぁその子には敵わないのね、と。そんなことわざわざ私に言わなくてもいいのに、と。諦めの気持ちと、諦めきれない気持ちの間で、私は身動きが取れなくなっていた。

ふと顔を上げると、どこからかキンモクセイの匂いがした。好きな匂いだ。華やかなのに、どこか優しくて穏やかな匂い。

周りは何もなかったように相変わらず賑やいでいた。私一人がぽつんと取り残されたようだ。さっきまでの気持ちの昂りと、キンモクセイの優しい匂いだけが、リアルなものとして私の脳に記憶された。

* * *

結局その彼とは、のちに付き合うことになる。だけど、キンモクセイの匂いがするたび、心臓を掴まれたように胸がぎゅっとなって息苦しくなるのだ。

匂いは記憶に結びつきやすいというけれど、当時の感情までこんなに鮮やかに思い出させてくれるとは。キンモクセイも罪な花だ。

ユキガオ

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