「思い出の一曲を挙げよ」と言われたら私はこう答える
「死ぬほどしんどい」って、死ぬほど陳腐な表現だよな。
そう思いながらも、毎日が死に物狂いだった私は、精神的にだいぶ参っていた。気付いたら「死ぬほどしんどい」と思うようになっていた。
* * *
就職して1年ちょっと。仕事にはだいぶ慣れた。職場の人も優しいし、会社生活とやらに馴染んでいる実感もあった。
それでも、疲れていた。
職場の先輩たちは、とても優秀だった。優秀なんて言葉で一括りにするのもはばかられるくらい、デキる人たちだった。
仕事では、怒られることもままあった。現場のおじさんに怒鳴りつけられることも多かった。そのたび「なんで私が」と思った。
まだハタチそこそこの私は、世の中の理不尽を飲み込んで笑顔を貼り付けていられるほど、大人になりきれていなかった。
* * *
その夏、近くで音楽フェスが開催されると知った。いわゆる「夏フェス」だ。
当時インディーズバンドの曲をむさぼるように聴いていた私は、なんとかmixiのコミュニティでチケットを譲ってもらって参戦することになった。
好きなバンドがいくつか出演することになっていたその音楽フェスは、私にとって初めての「フェス」だった。緊張して前日はよく眠れなかった。
その日、いくつかのバンドがパフォーマンスを終えたあとで、私が観たかったバンドの一つが演奏を始めた。
「僕は泣いた ただただ泣いた 気がつくと独りで泣いていた」
ヴォーカルの力強い声とバンドの演奏が、振動として体に伝わってきた。ぶるぶると、心臓が震える音が聴こえた。
熱に浮かされたような頭で、ステージをぼうっと眺めていた。1ミリの振動も逃したくなかった。鳴り響く音全てを自分の体に取り込みたかった。
「君は泣いた 深々と泣いた 僕がついているとただ泣いた」
じっとステージを観ていた。
気が付くと、涙がぽろぽろと頬を伝っていた。
なぜ泣いているのか、自分でもよく分からなかった。ただあの音を声を聴いていると、心の中の澱が浄化されるような気がした。
ヴォーカルが曲と曲の間に言った。
「生きろ」
生きろ。
生きろ。
生きろ。
そうか、生きるんだな。私はいま生きているし、これからも生きていくんだな。
あぁ、生きるんだ。
その瞬間、また涙が溢れた。
* * *
いっそ死んだ方が楽になるんじゃないか、なんて考えたこともあった。死んでしまえば、辛い気持ちを味わうこともない。やりたくもない仕事だって、死んだらやらなくていい。
そんなことを考えるようになっていた。
だけどあのライブで感じた振動と、「生きろ」というメッセージ。それだけで私はまだ生きていけると思った。途絶えそうになっていた命が息を吹き返す、そんな音がした。
10年近く経ったいま、あのライブを映像として思い出すことは難しい。だけど、「生きろ」と言われた瞬間の気持ちは今でもリアルによみがえってくる。
ただ生きてるだけでいいんだ、と気付かされた。
あの暑い夏の一日と、ヴォーカルの声と、溢れた涙と、息を吹き返す音。
私の思い出の一曲は、10-FEETの『RIVER』。
ユキガオ
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