方言、使いよる?
方言って、外国語みたいだ。
話そうと思っても、簡単に真似することはできない。真似してみたところで、それは決してネイティヴにはならない。ネイティヴの人が聞けば、発音やらイントネーションが違うということがはっきり分かる。
ネイティヴみたいに話したかったら、その土地に住むのが早い。もしくは、その言葉を母国語とする人たちに囲まれて生活することだ。常にネイティヴの言葉を聞き話すことが、ネイティヴに近づく第一歩。
そういう意味で、方言は外国語みたいだなと思うのだ。
その土地に生まれた人にとって、その方言は当たり前のことば。生まれた時から周りの人はこのことばを話しているし、いろんな方言を「スタンダード」として覚える。
「テレビ観ていればことばの違いは分かるでしょう」と思うかもしれない。たしかに、語尾やイントネーションが違うのは分かる。しかし、単語そのものが違うものについては、「いくつか言い回しがあるんだな」くらいにしか思わないのだ。「かさぶた」=「つ」であるように。
これは故郷を出たら気づく。今まで使っていたことばは全く「スタンダード」でなかったということに。普通に話していても、聞いている相手の頭の上に「?」がたくさん並ぶということに。
今住んでいるところへ引っ越してしばらくは、このギャップに戸惑っていた。方言を標準語に言い換えないと伝わらないのは分かるが、どこまで言い換えが必要なのか分からない。そして、どのように言い換えるのが適切なのか分からないのだ。
「明日、会社の運動会に出らんばっちゃんねー」と言ったら、それを聞いていた友人がまるで外国語を聞いたかのように「???」と固まってしまったので、一瞬考えて「明日、会社の運動会に出ないといけないんだよね」と言い換えたことは、9年近く経った今でもはっきり覚えている。
これはけっこう苦痛だった。同じ日本という国の中の移動だったのに、言葉が通じない悔しさがあった。自然に言い換えができるようになった頃、私はもうほとんど方言を使わなくなってしまっていた。
* * *
ただ、同じ方言を使う人に対しては、方言が戻る。帰省したときや、電話で家族と話すとき、地元が同じ友人と話すときなんかは、自然と方言を使っている。
いくら方言が抜けてきたといっても、同じ方言を話すと分かっている人に対して標準語で話すのは、日本語が話せる者同士で英語を話すような感覚になるのだ。気恥ずかしい。
そして方言で話すと、私はとても楽しく流暢に話せる。同じ話でも、方言で話せる方が楽なんだろう。20年使ってきたことばは、私にとってやっぱり母国語だ。
ちなみにタイトルは「方言、使ってる?」という意味。九州の人には、この説明は不要ですね。
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