BRICSサミット2023:加速するドル離れ
今年8月22-24日の間というジャクソンホール会議の直前、BRICSサミットが開かれました。ジャクソンホール会議の方は日本でもよく報じられていますので、こちらではBRICSサミットについて考えていきたいと思います。
それでもドル離れは変わらない
以前中国が金地金を大量に生産かつ購入しているというお話をしました。その流れか、サミット開催前の4月、ブラジル大統領がBRICS共通通貨を作りたいと発言しました。*ラテンアメリカで親米政権でなければ、当然の発言といえます。(「冷戦7ラテンアメリカ」を参照)ちなみに、南米で域内共通通貨を作ろうという動きもあります。**加えて、7月にロシア大使館(在ケニア)がX(旧ツイッター)で金本位制のBRICS共通通貨を導入予定と発表されたという報道が出ました。***
一方、恐らく一番準備を進めているはずの中国は沈黙を守り、インドは時期尚早といい****、今年の議長国の南アフリカは、共通通貨はサミットの議題には含まれないと発言していました。
結果的に見送られたのですが、現実的にはEUが苦労してユーロを導入した時のように、様々な準備機構や合意が必要である上、BRICSのように加盟国間であまりに経済規模が互いに異なるので、調整不能だと、欧米メディアに剣もほろろに批判された通りでしょう。また、共通通貨だといいつつ、実質人民元の配下に成り下がることを恐れたインド(と恐らく南アフリカ)が反対したものと考えられます。中国と他の加盟国との貿易なら量もありますが、その他の間の貿易量はそれほどでもない、のが実情です。
そして、今回のサミットで大きな合意は、以下の2点です。
1.サウジアラビア、イラン、アラブ首長国連邦(UAE)、アルゼンチン、エジプト、エチオピアを2024年1月よりBRICS加盟国として招待する
2.BRICS間での貿易は自国通貨建てを推進していく
上記を読むと、一見それほどすごい話のように聞こえないかもしれません。しかし、この二段構えの合意を絵解きすると、次のようになります。「今後拡大していくBRICS間では、米ドルを使わずに自国通貨建てで貿易していきます。」もっと踏み込めば、1974年以来米ドルしか受け付けなかったサウジアラビアは、来年より石油代金を米ドル建て以外も受け付けます、ということです。5,6年前から中国・サウジアラビア間で人民元建ての議論がなされ、2022年にはサウジアラビアが検討中とまで報じられました。当時は、アメリカへのブラフだろうと一蹴されていましたが*****、今度こそ本当にサウジアラビアは米ドルの基軸通貨体制を支持しないという宣言です。
基軸通貨ステータスからの転落?
少し基軸通貨についてお話しておきましょう。基軸通貨とは、国際貿易、資本取引において、世界中で広く決済通貨として利用される法定通貨をいいます。19世紀までは英ポンドでしたが、戦後米ドルにその座を追われます。
1944年ブレトンウッズ協定が結ばれました。米ドルが世界で唯一の金本位制とし、金と交換できるのは協定に参加した各国の通貨当局のみとし、ドルを基軸通貨として国際貿易決済に用いることが定められました。世界中の金の2/3がアメリカにあればこそ、できる芸当ではあります。******
そして、この体制をメンテナンスするための機関として、世界銀行(途上国が最後に頼る金融機関)と国際通貨基金(IMF、米ドル中心の国際金融と為替相場の安定化が目的)が誕生しました。そして、暗黙のルールとして、世界銀行総裁はアメリカ政府指名、IMFはヨーロッパ諸国指名の人物が就任することになります。(後に、アジア開発銀行総裁は、日本政府指名の人物とする、暗黙のルールも加わります。)こうして、米ドルは基軸通貨としての地位を確立しました。
しかし、世界の需要に応じて米ドルを供給する決断をしたために、アメリカは各国通貨の需要に応じて相当額の国債を発行してきました。当然国際収支は継続的に赤字化し、対外債務は増え続け、結果的に1972年のニクソン・ショックで金本位制を放棄せざるを得ませんでした。******それでも、アメリカの政治経済力への信頼は大きく損なわれることなく、ニクソン・ショック直後の1974年以降サウジアラビアが石油代金を米ドル建てのみとする等、基軸通貨として信頼され続けています。
事実、世界中の輸出で使用される通貨のうち、米ドルの利用率は、南北アメリカで96.3%、アジア太平洋で74%、ヨーロッパで23.1%、その他地域で79.4%にも上ります。また、海外預金、負債も6割前後が米ドル、その他諸々総合した国際通貨利用インデックスでは、2022年米ドルが69%です。*******断トツ世界の基軸通貨です。
さてアメリカにとり、この基軸通貨となるメリットとデメリットとは何でしょう?メリットは、自国経済の需要を超えた紙幣の増刷が可能となることです。通常の国では、インフレーションが発生しますが、世界中の需要に応えるという大義の下、アメリカではそれほどのインフレーションが発生しません。それをよいことに、スターウォーズ計画、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争等の大支出を賄ってきたわけです。(これを以前ド・ゴール仏大統領(当時)が「法外な特権」と呼びました。)また、アメリカは他国が心配する為替リスクを考慮しなくてもよい点もメリットです。
一方、デメリットとしては前述の通り借金がかさみ、アメリカは1987年純債務国に転落しました。また、他国に米ドルが買い支えられている分、アメリカにとり輸入品は割安感があり、借金しながら消費している、カード依存症のようなものです。加えてアメリカ製品は国内では優位性が下がります。よって、海外に工場等アメリカ人の「職」を輸出する構図になってしまいます。
以上を踏まえた上で、サウジアラビアが米ドルの基軸通貨体制を支持しないということ、BRICS現加盟国、その他10か国以上いるともいわれるBRICS加盟希望国が、今後米ドルを使用しないということの意味を考えてみましょう。
例えば、2021年数値でBRICSと加盟招待された国々との間の貿易額は約8,330億ドルです。参考として、同年G7間貿易額は約2兆2,327億ドル********ですから、G7間の約4割程度の規模です。この割合を多いとみるか少ないとみるかで、意見が分かれるところでしょう。しかし、今後もBRICSの加盟国が増える見込みであること、さらにはBRICS以外にも同様の動きを推進しようとする意図があること(例えば、インドはマレーシア間の貿易ではインドルピー建てで合意済)を考慮すれば、あまり侮ってはいけない数値であると考えます。
素直に考えれば、世界の需要が減少していくということは、外国が米ドルを買い支える力が弱まるということですから、米ドルの価値は下がり、副産物?である米債務の縮小が課題となります。(債務を返済するなら、米ドルの価値を大きく減らした状態の方がいい、とアメリカ政府は考えるかもしれませんが。。。)
実はアメリカは基軸通貨を放棄したい?
2014年NYタイムス紙の識者の意見欄(Op-ed)に、刺激的な文章が掲載されました。著者は、ジャレード・バーンスタイン氏、タイトルは、「基軸通貨を放棄しよう」です。理由は、前述の通り外国が米ドルに対し自国通貨を割安になるよう操作し、アメリカ市場に優位な形で参入するため、アメリカ企業は海外移転を促進させる結果、アメリカで職が失われ、経済的な体力が削がれるためです。*********
この御仁、経済学ではなく社会福祉の博士号を持ち、オバマ政権時代にバイデン副大統領(当時)の経済アドバイザーを務めました。進歩的経済学者(シカゴ学派と真逆で、民営化では果たせない政府の役割を尊重する)と言われ、発想の出発点は、今アメリカで絶滅危惧種扱いされている中産階級(不労所得生活者ではなく、実質的にアメリカ経済の大黒柱と目され、アメリカ国内で雇用を実際に創出している人々と目されている)の復活と考えられます。
想いとしては、オバマ大統領(当時)の「アメリカは世界の警察官ではない」発言と同様、「アメリカは世界の造幣局ではない」、国外よりも国内改革を進めたいという意思表示だけだったのかもしれません。一方、バーンスタイン氏の文章には基軸通貨のデメリットばかりが強調され、メリットがあまり書かれておらず、バランスに欠き、今日に至るまで反発する声も大きいです。
しかし、そのバーンスタイン氏が、今年6月国家経済会議(NEC、大統領のトップ経済顧問団)の座長に就任しました。前述のような文章を執筆する御仁ですから、上院での承認時には民主党側の造反も出て、普段は投票しない議長が1票投じ、かろうじて可決された経緯があります。*********
経緯はともかく、そんな文章の著者が、バイデン大統領に最も近い経済顧問になったわけですから、前述の文章を見て、アメリカはドル離れを容認しているというメッセージが発せられたと解釈されても仕方がありません。実際、バーンスタイン氏の議会承認からわずか2か月後に、BRICSサミットが開かれ、GDP世界第二位の中国とその他4か国が、ドル離れ宣言をしているわけですから。
それならそれで、うまく基軸通貨からの脱却をソフトランディングできるのかが、知りたいところですが、バイデン政権はコロナ支援に加え、景気刺激策として老朽化した社会インフラへの投資、中産階級支援に多額の金額を投じ、その傾向は続くでしょう。それは、債務縮小よりは拡大に向かいます。まだ米ドルが基軸通貨から完全に転落する前に、一時的に債務を拡大させてもその後の税収増加により、脱基軸通貨へソフトランディングできるのか、今後も注意が必要です。
*「BRICS共通通貨の創設を支持=ブラジル大統領」ロイター通信、2023年4月27日、https://jp.reuters.com/article/spain-brazil-lula-idJPKBN2WO01M
**「南米共通通貨「創設めざす」 ブラジル・アルゼンチン、脱ドル貿易狙う 名前は「スール」検討」、朝日新聞、2023年1月25日
https://www.asahi.com/articles/DA3S15536747.html
*** “Russia confirms BRICS will create a gold-backed currency”, Kitco News, July 7, 2023.
https://www.kitco.com/news/2023-07-07/Russia-confirms-BRICS-will-create-a-gold-backed-currency.html
**** “On Brics expansion, foreign secretary Vinay Kwatra explains India’s approach”, Hindustan Times, August 21, 2023.
https://www.hindustantimes.com/india-news/india-approaching-brics-expansion-with-positive-intent-and-open-mind-ahead-of-summit-in-johannesburg-101692626000923.html
***** “Saudi Arabia reportedly considering accepting yuan instead of dollar for oil sales”, The HILL, March 15, 2022.
https://thehill.com/policy/energy-environment/598257-saudi-arabia-considers-accepting-yuan-instead-of-dollar-for-oil/
******宮崎正勝著「ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史」
******* "The International Role of the U.S. Dollar" Post-COVID Edition, U.S. Federal Reserve, June 23, 2023.
https://www.federalreserve.gov/econres/notes/feds-notes/the-international-role-of-the-us-dollar-post-covid-edition-20230623.html
*******世界銀行統計より著者試算。World Integrated Trade Solution, World Bank website. https://wits.worldbank.org/
******** “Dethrone ‘King Dollar’”, Jared Barnstein, New York Times, August 28, 2014.
https://www.nytimes.com/2014/08/28/opinion/dethrone-king-dollar.html
********* “US Senate confirms Bernstein as top White House economist”, Reuters, June 14, 2023.
https://www.reuters.com/world/us/us-senate-confirms-bernstein-top-white-house-economist-2023-06-14/