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【小説】Interviews ( After C-2024 ) .4
思いの奥と内側にあるもの)
2024.9
「じゃあ最初に、手元にある資料でいくつか確認をさせてもらうね。違っている、または更新が必要な部分があれば言ってもらえればOKなのでね。」
私は二つ折りのスマホを取り出し、彼の直近のデータを確認して読み上げていった。
「真岡拓生(もおか たくみ)君、10歳。東京都O区在住で、今は小学校への通学及び授業は選択していない、と。 特技はクライミングと射撃。サバイバルゲームのチームにも入っているんだね。んー、これは趣味だよね?
昔観たMISSION IMPOSSIBLEって映画を思い出しちゃったよ。」
そう言いながら笑顔を作り、彼の表情を盗み見る。
特に苛立ちや退屈さは見られないが、お互いがすでに知っていることを確認するのは無駄じゃないかと感じてはいそうだな、とは思えた。少しだけ掘り下げて聞いてみようかと思った。
「拓生君は小学校に上がる際に、学校への通学をしない完全リモートコースでの入学を自分の意思で決めたそうだけど、それはどうしてかな?ご両親はその時どんな反応だったんだろう?」
小学校から高校までは、入学後に通学をして授業を受けるか、通学とオンラインを併用するか、オンラインのみにするかを選択できる。2020年のCウイルス感染拡大期に当時は“当面の対応”として始まった授業のオンライン化だったが、その後インフラの整備、システムやアプリケーション、インターフェースに関する参入企業が急激に増加したことにより、継続できる環境が整った。
また、各都道府県の知事、教育委員会がシステム関連の企業と共同で、それぞれ独自の教育指針を打ち出し、他県からの編入生の獲得に動いた。
積極的に新しい学習スタイルを標榜する自治体も多かったこと、さらにオンラインであれば首都圏の学校に入学をする必要性が必ずしもないことから、子供の教育に熱心な親は家族の理想像を見つめ直し、物価、住みやすさなどを総合的に検討したうえで子供の進学・編入先の検討に動き出すようになった。
(親の勤務する会社の業務内容等によっては、環境の良い田舎に家族で引っ越し、学業、仕事のどちらもリモートで完結させるという家庭が増え、メディアでも“自由度を高めた新しいライフスタイル”として頻繁に取り上げたられた。)
彼は足元に置かれた単眼鏡に一瞬視線を落とし、お父さんがいたから、とポツリと言った。
まだ声変わりをしていない、頼りないがまっすぐに空気の中を進んで耳に届く声だった。
「お父さんもお母さんも、いいよって言ってくれました。最初だけです、理由を聞かれたのは。考えてることを話したら“わかった、いいよ”って。」
「でも、今ですらほとんどの家庭は昔のように子供を学校に通学させるか、オンラインとの併用を選択しているよ。完全にオンラインのみというのは全体で見るとまだかなり少数だよね。当時ならなおさらだったんじゃないかな。
制度として選択は可能だったけど、実際にそこに踏み出すのは、なんというか・・・変わっているというか・・・」
少し早口になっていることを自覚して、コーヒーを一口飲んだ。
彼は手元のノートパソコンに何かを入力しながら、時々こちらと視線を合わせる。
「その・・・親も子供も、興味はあってもなかなかできないことだと思う。しかも拓生君の場合は自分で決めたっていうし、ね。なんというか、周りと違うことを始めることに、不安はなかったの?」
パソコンを使う手を止めると、彼もコーヒーを一口飲み、話し始めた。
「不安はなかったんですけど・・・なんというか、“危ないな”って感覚ではありました。その時は。」
「危ない、というのは?」
「当時、僕まだ5歳か6歳だったと思うんですけど、毎日毎日嫌になるくらい、Cウイルスのことをやってたんですね。テレビで。
それでそのことについて、お父さんとお母さんと三人で毎日のように話をしていました。今日は感染者が東京で何人だったとか、偉い人たちが何をしていて、その結果がどうなって、外国はどうなってこうなって・・・って。」
「そうなんだ。難しい話だったと思うんだけど、理解はできたの?」
「うちのお父さん、まとめるというか訳すというか、なんていうんだろう・・・大事なことを分かりやすく、優しく説明してくれたんです。なので、その時は子供なりに結構分かったんですね。
何より僕に“こういのってどう思う?”とか、“この人たちはどうすればよかったと思う?”って聞いてくれてたから、自分なりに考える練習もさせてくれてたのかなって。」
これは情景がとてもよく浮かんだ。確かに彼の父親は、話の要点を掴むことや、人の心の動きにとても敏感なタイプだった。
「その時お父さんがこんなことを言ってたんです。
『日本もそうだし、どこの国も対応が遅れた。お金やモノのサポートも十分とは言えなくてみんな不満に思ってる。常識から外れたようなことを言う偉い人もいる。でもこの人たちが頭が悪くて、馬鹿で頼りない人達ばかりなのかというと、むしろ逆なんだよ。
子供のころから一生懸命勉強して、試験を受けて、有名な大学に入って政府で仕事をしている人、みんなに選挙でその地域のリーダーに選ばれて仕事をしている人、そんな優秀な人ばかりなんだ。
頭の良さでコントロールができるほど、お前のいるこの現実は優しくない。タイミングや気分、天気、雰囲気、恐怖、迷い、色々なことで人も結果も左右されるから。きっとウイルスそのものよりも、現実のほうが怖い。』って。
夕食の時に話してくれたの、すごくよく覚えてます。
その話を聞いていた時に、テレビに映る偉い人とか、商品が買えなくて暴れた人がいたとか、外に出ないでって毎日ニュースで言っているのに当たり前に出歩いている人のこととか、全部 気持ち悪いなって思っちゃったんです。なんか・・・大人なのにって。」
そこまで話すと彼は、キーボードの上に乗せた自分の手を見て黙ってしまった。言葉を選んでいる様子だと思えた。
「いや、大人なのにっていうか・・・。え?この世界で自分も大人になるの?っていう感じで。そう思ったら、なんか色々なものが“それでいいの?”って思えてきちゃって。普通通りに生きるのって危ないんだなって。後で考えると、お父さんもそれが言いたかったんじゃないかなって思います。」