カウチポテトの尊厳
ビルを占拠したテロリストと戦え。
武器は、ビールとポテトチップス。
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おとうさんの本棚には漫画がみっちりと詰まっていて、レモンハートもそのなかにはさまっていた一冊である。
レモンハートで、印象に残っている話がある。『カウチポテトの恋』。冴えないサラリーマンの男の娯楽は、ビデオを借りるか買って、家でひとりで鑑賞する。そのときに、必ずスナック菓子とビールを用意する。
なんとも味気ない男が、しかしひとりの女性と恋に落ちた。その女性も、レモンハートというバーでたまたま知り合った、特筆すべき点のない一般的な女性だ。ふたりはあっさりと恋仲になった。
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ダイハードを観ようとオンラインでレンタルをして、それならばとポテトチップスとふだん飲まないビールを買いにコンビニへと出かけた。土曜日の、夜10時の買い出し。ふと、レモンハートの『カウチポテトの恋』の男性を思い出す。
子供ながら、ビールを飲みながら映画鑑賞をするぐらいしか娯楽のない男をなんとつまらない人生なのだろうと見くだしていた。しかし、ひとり暮らしのサラリーマンになってしみじみ感じる。たったひとつでも、趣味というか、心を放てる場所というか、そういうものがちゃんと確保できているというのは大したことだった。
大人を上手にこなせないというひとは、ぜひ好きなスナックと飲みものをならべてテロリストと戦ってみてほしい。
もちろん、テロリストと戦わないでも、魔法を使ってもいいし、尊い恋愛にひたってもいい。なんでもいい。ここじゃないところに心をはせることが大切だ。
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筋肉などない小太りで、テロリストに占拠されればすぐさま人質として捕縛されるような小心者が、あの夜の僕の正体だった。
地に足をつけている時間が長いほど、架空の世界は僕の気持ちを強く魅了する。でも、エンドロールが流れればちゃんと帰ってくる。
カウチポテトの恋の男性は、つき合った女性となんだか上手くいかず、結局別れてしまった。デートはなくなり、彼はふたたびビデオを鑑賞する習慣を再開する。ただ、別れる前とちがうことは、観る映画の本数が増えたということだ。
なんと現実的で、味気なくて、そして悪くない結末だろうか。カウチポテトは、ヒーローじゃなくて、不器用な大人にすぎない。