ケーキ酔い

 戻れない味。

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 中学生のころ、朝のホームルーム前に30分程度の読書の時間があった。
 父親の本だなに入っているいろんな小説を持ってきて読んでいたが、そのなかでもお気に入りだったのが、東海林さだおさんの「丸かじりシリーズ」だ。
 食べものを著者である東海林さんが独特の視点でえがくエッセイで、軽い文章とかわいらしくもわかりやすい挿絵があいまって、非常に読みやすい本となっている。
 食べものそのものの描写や、あるいはそれを食べているさまの描写が非常に上手で、読書の時間でおなかが鳴らないように読むよういつも気をつけていた。
 文庫本サイズの148mm×105mmの紙面にて、僕はどれほど食べたことのない食べものやお店に出会ったことだろうか。

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 そのひとつの話に、ホールケーキをひとりで食べるというものがあった。スプーンですくいながらちまちま食べ進める著者を見ていると、僕の心は高ぶった。
 家に帰ると、さっそく親に相談をした。誕生日に、ホールケーキを食べたいと。誕生日にケーキをいつも買ってくれていたが、それはホールケーキを家族分に切り分けて食べていた。それを、ひとりじめしたいという欲が出たのだ。
 親は了承してくれて、その年の誕生日、僕は念願かない、僕専用のチョコレートケーキをワンホール買ってもらった。

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 その場で食べられる量は、全体の半分にも満たなかったと思う。そのまま冷蔵庫にしまい、次の日からスプーンでほじりながら食べ進めた。
 ケーキという生ものは、早く食べなくちゃいけないという事実を、中学生にして初めて知った。腐る前に食べなさいと親にせかされながら、最後はしっかりすべてを食べきった。
 甘いような苦しいような、胃がもたれる思い出だった。

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 今はもう、ホールケーキをひとりで食べきることはできないだろう。
 胃もたれは、昔よりも僕に牙をむく。
 あのとき、僕は正しいタイミングで正しいエッセイに出会ったのかもしれない。この先も、ちゃんとまちがわずに出会えますように。

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