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あってはいけないもの、なくてはいけないもの

 いい子でいられませんでした。

 ◆ ◆ ◆
 12月23日金曜日。定時15分前の17時30分、僕はそわそわしていた。18時から事務所の目の前にある小料理屋で、友達とふたりで飲む約束があった。定時で終わるように、今日は外出の予定を入れずにずっと事務仕事をこなしていた。昼ごはんの外出のおり、ヘパリーゼプレムアムを買っていた。
 さて、あと10分と少しで定時だ。パソコンのメールの送受信ボタンを連打。よし、急ぎの見積り依頼は来ない。ヘパリーゼのふたを開けておこうか。
「伊藤さん」
 営業事務の部下が声をかけてきた。どうしたのだろう、いっしょに小料理屋に行きたいのだろうか。しかし、予約はふたりでとってしまっているのだ、ごめんな。
「本日出荷分の送り状を確認したら数量がちがう、と先方が言っています」
 送り状と先方の指示書を見比べる。少し早いホワイトクリスマスと見まごうほどに眼前が真っ白になった。

 ◆ ◆ ◆
 予約の18時から約1時間遅刻で、目的の小料理屋ののれんをくぐる。予約席には、すでに友達が座っていた。平謝りである。先ほど、先方と工場の面々にすでに平謝りしていた僕の口は、なめらかに友達にたいしても謝罪のことばを吐ける。
「どうしたんだよ」
 笑いながら、屈託なく訊ねてくる友達。あせりすぎてただひと言「ごめん、遅れる」としかラインを送れていなかったというのに。彼は昔から寛大なのだ。
「出荷指示の数量をひと桁まちがえてた。上司と工場と先方と話して、なんとかなったけど」
 やっとのことでヘパリーゼのふたを開けて、ぐいっと飲んだ。
 詳細を説明すると、友達はあいかわらず笑っているだけだった。寛大だ。
 この約8時間後、寛大なわが友達はビジネスホテルの冷蔵庫のなかにゲロを吐く。

 ◆ ◆ ◆
  12月24日土曜日。サンタが最終調整をしている深夜の3時。つい3時間前まで日本酒を飲んでいたのに、体内の多量のアルコールに辛勝したヘパリーゼのおかげで、気持ち悪さと頭痛はない。
 終電をのがしてしまい、小料理屋近くのビジネスホテルの空室を探して当ててダブルの部屋で友達と寝ていた。友達は僕より日本酒を飲んでいた。
 しんと静まり返った夜中、となりのベッドで絶望が産声をあげた。
「おえええ。かっは」
 まずいことが起きている。僕はすぐに理解した。僕の酔いがにわかに覚める。
「うえええ。こあっは」
 語尾につけ加えられる「っは」というのどをしぼった声が、室内の絶望の濃度をあげていく。僕はとうとう耐えられくなって、笑ってしまった。
 ベッドの上で惨劇をくり広げていると思っていた僕は、このとき、ベッドのクリーニング代を考えていた。
「あー、気持ち悪い。あーあおっかっは」
 友達は一児の父。自身の息子にはけして聞かせられない声を発し続けている。

 ◆ ◆ ◆
 最終調整のだんで、サンタが僕と友達をいい子リストからはずした早朝6時。友達は、なぜか冷蔵庫のなかにたくしてしまった胃の中身だったものをトイレットペーパーでそうじをしている。
 僕は彼の背中をぼんやりとながめながら、心のなかで語りかける。
 おれたちは、幸せになりたくて酒を飲んだだけだったはずなのにな。どうしてこうなったのだろうか。
 まるで僕の無言の問いに答えるように、友達は酒で枯れた声でつぶやいた。
「おれもヘパリーゼプレミアム飲めばよかった」
 この先も、こいつとは長く友達でいようと思った。

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