Diet or Alive (Part.1)

近所のおばちゃん達が話してるのをチラッと聞いたんだけど、
3丁目の河合さんのおねえちゃんが捕まったらしい。
最近ちょっと痩せたかなとは思ってたんだけど
こっそりダイエットしてたんだって。

おばちゃん達の横を通るとき
そんな話題には全然キョーミありませーんって顔してたけど、
ホントは走って逃げたくなるぐらい焦ってたんだ。
でも走ってカロリー消費して
間違って痩せたりしたら、あたしも捕まっちゃうかもしれないから
ゆっくり、ゆっくり歩いてきたんだけどね。

ウチの玄関にはいると、見たことない靴が一足。
「ただいまー」
靴を脱ぎかけたところでママが出てきた。
「ねー、誰かお客さん?」
「・・・雪乃、アンタ・・・。」
声の調子がヘンだったんで、思わずママの顔を見た。
真っ青になってる。
「何? どうしたのママ?」
「アンタ・・・まさかダイエットなんてしてないでしょうね!」
いつもニコニコしながら迎えてくれるママが
声を殺しながらも鋭い声を出すのにビックリして、
あたしもつい囁き声になる。
「なによ、突然。」
「今、応接間に検査官の方がみえてるの・・・アンタ、何か疑われるようなこと、してるんじゃないの?!」
検査官と聞いて、一瞬痺れたみたいになった。
「まさかぁ・・・体重だって、先月から250グラムしか減ってないよ?」
平然を装いながら冗談ぽく答えるけど、ママの顔がまともに見れない。
だけど、こういう事態も予想してたから会話はスラスラ出来てるはず。

「とにかくいらっしゃい。さっきからずっとお待ちよ。」
ママに分からないように深呼吸してから
応接室のドアを開ける。
「失礼しまーす・・・こんにちはぁ。」
ソファに座ってたのはママよりもずっと年上みたいに見える女のヒト。検査官のイメージどおりのふっくらしたオバサン。
たぶん70キロぐらいあるんじゃないかな。
「こんにちは。あなたが雪乃さん? 」
「はじめまして・・・あ、どうぞおかけください。」
お客様が座るのを確認してから、向かい側のソファに腰掛ける。
「固くならなくて結構よ。大丈夫。」
「あ、ハイ。」
何が大丈夫なんだかよく判んないけど。
でも緊張を表に出しちゃいけない。
あくまで、何がなんだかわかんないって顔しとかなくちゃ。
「初めまして、この地区の検査官の高根といいます。」
そう言うと、名詞をくれた。

ダイエット規制技能士
高根 佳枝

ああ、ついに来たんだ・・・。
「雪乃さん、ダイエット規制技能士って判るかしら? 一般には検査官って言われてるけど。」
「あ、ハイ、話には聞いたことあります。」
聞いたことあるどころじゃない。
この数ヶ月、その事ばっかり考えてた。
「ダイエット規制技能士っていうのはね、警察じゃないのよ。ただ色々お話しを伺うだけ。だから怖がらないでね。」
嘘。ニコニコしてるみたいに見えるけど、目が怖い。
探りを入れることに慣れた目だ。

「高山雪乃さん、お歳は17歳でいいのね? 生年月日は2023年2月19日、現在は任川女子高校の2年生。実はね私はアナタの先輩になるの。わたしも任女に通ってたのよ? 」
「はあ・・・。」
「大山田先生はまだお元気かしら? 知らない? 古典の先生で華道部の顧問なさってた・・・。」
「いえ、大山田って先生は今はいらっしゃいません。」
「まあそう、そうなの。余計なおしゃべりしてゴメンナサイねえ。ほほほほ。」
その瞬間、目の前のオバサンに憎悪を憶えたおかげでちょっと気合いが入った。

「それで、今日はどういったご用件で・・・。」
言いかけた途端、ママがポットを持って入ってきた。
「あらあら、すみません。紅茶冷めちゃってません? いまお取り替えいたしますね。」
そう言いながらあたしの横にねじこんできた。
「すみません躾のなってない娘で。」
「お母さま、どうかお構いなく。ご同席なさるのは差し支えございませんけれど、質問は雪乃さんに直接お答えいただきたいものですから。」
「はい・・・失礼しました。」

さすが検査官、なんか威圧感ある。
「雪乃さんはダイエット規制法ってご存じよねえ?」
「はい、学校で習いました。」
「昔はね、ムリなダイエットで亡くなったり病気になってしまうかたがとても多かったの。それもアナタのような若いお嬢さんに圧倒的に多かったのよ。だから、これではいけないっていうことで、15年前にダイエットそのものを禁止する法律が出来たの。」
言われなくても暗記してる。
法案成立は2025年の3月14日。
なんでそんな時期かって言うと、春先の薄着に変わる季節にダイエット決心するヒトが多いからだ。

「ただ禁止してもなかなか守られないから、10年前に罰則が強化されたの。ダイエット犯罪が確認されたら懲役15年以上、罰金3000万円以上の規則があるのよ。もちろん裁判で事実が認定され有罪の判決が出てからのことですよ。」
「ハイ、それも学校で習いました。」
このオバサン、なんであたしに目をつけたんだろう。
絶対判らないようにやってきたはずなのに・・・。

「でもね、ダイエット犯罪ってホラ、なかなか立証されにくいの。だって世の中には病気で痩せるヒトだって、運動で痩せるヒトだっているわけだから。」
実際には疑われるのを恐れて、運動して痩せるヒトなんていない。燃焼した分の脂肪はすぐ補給するのが近頃の運動だ。
病気になったって診断書がなければおちおち痩せることも出来ない。むしろ病人は入院することになっても、ムリしてでも体重を落とさないってほうを優先する。
「だから私のような技能士が、故意のダイエットかそうでないかを慎重に調べるワケ。なにせ、その人の一生を左右することですからね。」
「それって・・・アタシがダイエットしてるんじゃないかって疑われてるってことですか?」
非道い侮辱を受けたように顔色を変えてみせた。
もっとも、ホントに顔色が変わっただろうけど。
「落ち着いて、ね? 私はこれが仕事なの。たぶん間違いだと思うけど、一応調べさせてくれないかな。アナタさえ協力してくれればすぐに疑いが晴らせると思うわ。」

・・・前もってシミュレーションしてたとおりの状況になってきた。あとは訓練の成果を上手く発揮できるかどうか。
「もちろんです! そんな風に疑われるなんてキブン悪いです。すぐに調べていただけますか!?」
「良かった・・・じゃ準備できるまでちょっとだけ待っててくれる?」

もう一度手順を頭の中で確認する。
大丈夫、教わったとおりやればなんてことないはず。

(続く)

<参考文献>
中島梓「コミュニケーション不全症候群」ちくま文庫

2006年5月13日

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