Diet or Alive (Part.11)

雪乃は悪夢を見ていた。
夫と娘たちの目の前で、自分が徐々に溶けていく夢だった。
何か言いたいのだが、声帯が最初に溶けたのか声が出せない。
おぞましいモノを見るような目で自分が溶けていくのを
眺めている娘たちを見て泣きたくなって目が覚めた。

目を開けると真っ白な天井が目に入った。
部屋には誰もいないが、どうやらここは病室のようだ。
ではあれから気絶してしまって病院に運ばれたらしいと気がつく。
「・・・あ、あーーー。」
良かった、声が出せる。
あの時、気絶したことによって最悪の結果は免れたようだ。

「ああ、河合さん、気がつかれましたか?」
声のするほうへ首を向けると、入り口に看護師が立っていた。
「ご家族の方はさっきまでいらっしゃったんですけど、一度帰るとおっしゃっておうちのほうへ。大丈夫ですよ。貧血のようだけどしばらく安静になさったほうがいいですから。」
そういいながら笑顔を向ける看護師に、起きあがって応対しようとした雪乃だが、上半身を起こそうとして左腕に点滴の針が刺さってことが判り、仰向けに寝たまま顔だけを向けた。
「すみません・・・わたし失神しちゃったんですね。」
思ったよりしっかり声が出ることに安堵の思いをしながら答える。
「あの、お世話になりました。」
「ご主人も突然倒れられたんで、ビックリなさったようですよ。ところで・・・河合さん、ダイエットか何かされてました?」
「え? ・・・いえ、特にそんなことは・・・。」
「入院されたときに採血して調べさせていただいたんですけど、栄養失調一歩手前だったそうですよ。無理な食事制限は身体にも良くないですから。貧血もその所為だと思います。」
「・・・はあ。」
「お食事はしっかり取らなきゃダメですよ。もう少し入院されて徐々に栄養を採るようにしましょうね。あと1時間したら点滴取り替えに来ますけど、何かあれば枕元のナースコールで読んでくださいね。」
「あ・・・はい、ありがとうございます。」

扉を閉めて看護師が出て行ってから、雪乃は少し考えてみる。
(栄養失調? ・・・おかしいよね、毎日ちゃんとご飯食べてるのに・・・)
自分が気絶したのは体内の『羅臼』を押さえようと渾身の力を奮ったためだと思っていた雪乃は、栄養失調という診断がなされたのが腑に落ちない。
(なぜ・・・? 貧血になるほどの飢餓状態になんてなる憶えがないのに)

天井を見上げながら考えていて、ふとある可能性に気がついた。
(アレが作動しかけたのは夕食前だった・・・)
雪乃の胃の中に移植された超兵器『羅臼』は、食物として胃の中に送り込んだ物を原料として様々な物質を変換・生成する。
あの時は胃が空っぽで原材料がない状態だったのだ。
(だから耐えられたんだ・・・)
手近に材料もなく作動しかけた『羅臼』は
雪乃の体内の栄養素を取り込もうとしたのではないか。
その結果、貧血状態になり意識を失ったのだ。
(何かを食べれば、それが私を溶かす材料に変わる・・・)
それを防ぐ方法は一つしかない。
胃に一切何も送り込まないことだ。
(もう食べちゃいけない・・・)
しかし食事をしなければ飢えて死ぬ。
食事を摂れば自らを殺すための物質を自ら造ってしまう。
(どうしたらいいの・・・)

ハッとして、思わず点滴の針を引き抜いた。
点滴液に含まれているであろう栄養分を遮断するために。
引き抜いた左腕の注射跡からから血が滲むのを見ながら
雪乃はまた気が遠くなっていった。

(つづく)

2006年07月28日

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