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落ち込む日々も、宝もの

もう13年も前の話…
わたしはTwitterで仲良くなった人たちの真似をして、blogを始めた。
その時は、ゲームのプレイ日記を付けたくて。
(やっぱり何某かの日記なんだなー。笑)

で、そのときもゲームの事ばかり書くことに飽きて、日々のこともすこーしだけ書いていた。
それをふと、このあいだ見返したら、なんとも言えない気持ちになった。。
特に画像付きの日記に…

今はもう、現像すらできないであろう、ガラケーで撮った写真の1枚1枚…
芸能人でもないのに、なぜか身バレを防ぐために、ここがどこだかわからないような画像を選んで貼ったりして…
だけどわたしには見覚えがある。
だって毎日台所から見ていた、あの朝焼けの景色なんだもん。。

あ〜そっかぁ。。
どんな日も、わたしがどんなに落ち込んでいても、今目の前に広がるこの景色って、当たり前じゃあないんだなぁあああ。。って心底実感した。

過ぎ去ってしまったあとはどんな日々も、宝ものみたいに感じるから、どんな形になっても、残しておきたい…と強く思ったのだった。
残しておけば、たとえ誰もわからなくても、
わたしだけは、ちゃんとわかる。。
それでいいのだった。
なんだ、ほんとにそれでいいんだ。

なにより書ける範囲でもっと日々のこもごもを、書いていればよかったぁー!!と後悔したのだった、、

父が亡くなったときにもそう思った、、
だから必死こいて残しておこうと決めた…
それはペンを持ってノートに書き綴る方法で。

日々なんとか確保する手帳時間⏳


生きている父のことはもう書けないけれど、
同じように後悔したくはなかったのだ。

父は自分より先に肉体からは離れて、いつかはいなくなってしまうことを、頭で分かっていたつもりでいたけど全然理解をしていなかった。
肉体を持って一緒に笑い合うことが、どれほど幸福なことなのかを。
わたしは父が亡くなって初めて、人が死ぬ、ということを理解したのだと思う。。。

でも。
同じような後悔を、blogにするとは思わなくて、まいったなー…と思っている…😇

なんてことない小さなことが積み重なって、
物語りになるのだなぁということを、
日々感じながら過ごせたらいいなぁ🪴

飛行機雲〜✈️


あの時住んでた家、
あの時見ていた景色、
あの時出会っていた人、
あの時感じていたこと。。

今もどこかに残っている。

落ち込む日々さえ、愛おしいと思う日がくる。


水はすべてを記憶していると聞く。
大気の中に水が含まれていて、大気の中に、すべての記憶があるのかも。

そしてデータを預けておける場所を
cloud(クラウド、雲)と言う。
わたしが言うまでもない…
気づいている人はとっくの昔から気づいていると思うけど。

だけど形に残したい。
不恰好でもいいから。。

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