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夏が一番好きだし、マクドナルドでは必ずシャカチキを食べる

ちょうど現在、月見バーガーの季節ですね。僕も死ぬまでにいつか一度は食べてみたいものです。

さて、自論として、マックには各々の最適解があります。僕にとってはソロの場合、任意のバーガー(単品)とシャカチキ(チェダーチーズ)が「答え」です。

ドリンクはマージンの塊なので頼みません。入店前後に思う存分飲み、店内では脇目も振らずにフードと向き合います。
勝負は無駄な水分補給を排除できる者が制します。

マクドのポテトは名物ですがの塩分の塊ですし、ナルド体験の本質ではないので頼みません。
そこで「じゃあなんでシャカチキなんだよ」と思われたかもしれません。
それが今回の本題となります。

話は変わりますが、僕は日本の四季で夏が一番好きです。

夏といえば、花火ですよね。耳をつんざく轟音の割には光がまあまあ綺麗なだけなので苦手です。
夏といえば、海ですよね。泳げないので苦手です。
夏といえば、夜ですよね。暑苦しくて寝れないので苦手です。
夏といえば、アイスですよね。お腹壊すので苦手です。
夏といえば、夏休みですよね。3連休しか無かったよ!!!

散々夏をdisってきましたが、田舎の大自然が単体でヘイトを塗り替えるぐらいに大好きです。

先日、僕は三連休を利用して実家に帰省していました。
うちの実家は静岡県の田舎の部分(東部)の田舎の市の田舎の学区の田舎の地区にあります。

ご察しの通りで、最寄り駅は徒歩1時間、コンビニは15分の辺境です。ちなみにお寺は3分です。

不便極まりないクソ立地ですが、僕は実家が大好きです。
では、なぜ僕はこんなにもクソ田舎の実家と自然が好きになったのでしょうか?

答えは単純で、夏の間、実家の居間から外の景色を見ると特別な気持ちになるからです。

僕が実家に戻ってくるまでの小1〜中2の夏は、アメリカに住んでいました。
その間、日本に足を運ぶのは年に一度、お盆休み期間の1週間だけです。
高校の記憶すらおぼろげな僕にとっては、中2以前の日本の記憶は一時帰国中のものぐらいしかありません。

だからこそ、僕の中で「日本」といえば、ほとんどが夏休みの思い出の中の、実家の居間からの景色になるのです。

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(※特定避けのために岩手県遠野市で撮った写真を使っています)

皆さんにも放課後公園で思う存分遊んだ記憶や旅先の感動など「幼い頃の輝かしい記憶」があると思います。
幸運なことに、そのノスタルジアを手軽に追体験できる場所こそが実家なのです。

柄にもない綺麗な話でだいぶ脱線してしまいましたが、シャカチキも同じ類の原体験です。

実は本場のマクドァーノズにはシャカチキはありません。ドリンクバーとデブを肥やすジャンクメニューはいくらでもあるくせに。
米国マナルは恥を知れ!

だから僕は、年に一度のご馳走のMcD'sの100円シャカチキを心待ちにしていました。
今でもその延長線上で食べ続けています。忘れられないあのワクワクを求めて…

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これに比べるとマクナルさんのポテトはカスや。

余談ですが、味覚は記憶と密接に結びついているらしいです。
味覚は嗅覚と視覚の補助がないとまともに機能しないザコ器官なので、「思い出の味」とか「おふくろの味」という概念が共感されているわけです。

ということで、今回は「子供の頃の思い出」を極限まで薄く引き伸ばした記事でした。

最近「子供の頃抑圧された欲求が大人になると反動して暴走する」という言説を度々耳にしますが、それに似たところがあるのかもしれません。

それはそれとして、日本シャカチキさん、マクナルの案件をお待ちしています。
シャカチキをメニューから数年間封印して、一緒に抑圧から解放されたシャカチキ爆食いモンスターをたくさん作りましょう。

ではまた、

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