フリー朗読台本「夏空に溶けた」(男女指定なし)
こちらはフリー台本になります。ご使用になる場合は本文下【利用にあたり】をお読みになり、記載の範囲でご利用ください。
※Skebにて承っているオリジナル台本のイメージサンプルです。1,500文字の指定でこのボリューム感になります(実文字数:1,462文字)。
・依頼の際の参考イメージ「青春」「夏」「ドラマ」「一人称」
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夏になると思い出すことがある。眩しく射し込む太陽の日差し。少し遠くをゆるく映した陽炎。元気に鳴いた蝉の大合唱。グラウンドに響く運動部の掛け声。個人練をする吹奏楽部のトロンボーン。白いタオルが風になびいた校舎の屋上。「青春だね」とつぶやく彼女の横顔。
「なんだよ、突然」
「んーん、なんかね。さいごにそう思えることって嬉しいことだなって」
「まぁ、最後の夏だしな。あとは最後の秋と冬が来て、それが終わればすぐ卒業」
「卒業したら、君はわたしのことを覚えてくれてるのかな」
「それはまぁ、保証はできないけど」
「正直だね、君のそういうとこが気に入ってるよ」
意地悪く笑った彼女を、結局のところよく覚えている。
よく、覚えている。
だから未練がましくこの場所にやってきているんだ。卒業から二十年経った今日、あの年に埋めたタイムカプセルを掘り起こしにきた。二十年も経つとクラスメイトは面影を残しただけの大人になっていた。自分も大人になったなぁと言われた。大人になんて、あの頃から一歩も近づけていないのに。
「大人になったら君は何になりたいの?」
「大人になったら? あー、なんだろうな。サラリーマンにはなりたくないかも」
「えー? 君はサラリーマンになる気がするけどなぁ」
「なんでだよ。大人なんて未来の話なんだから、作家にもプロ野球選手にもなれるかもしれないだろ」
「あはは、ごめんごめん。でもね、君はきっとサラリーマンになって、素敵な奥さんがいて、かわいい二人の子供がいて、優しさに包まれた温かい家庭を守るために、必死に頑張る立派なお父さんになると思う。ううん、なってほしいな」
「そんな普通の人間になるのは嫌だなぁ」
「そんなことないよ。普通が一番難しいんだよ」
彼女の一言一言を思い出しながら古びた屋上のドアを開けた。あの頃と変わらないぬるさと湿気を帯びた風が吹いている。白いタオルがあの頃と同じように風にたなびいていた。
自分が埋めたタイムカプセルの中身は、朽ちることなく残っていた。しっかりとフタに糊付けされた白い封筒。中に入っている便箋は確か二枚。開けずとも中身はしっかりと覚えていた。一枚目は出会いとか感謝とかをたくさん敷き詰めた内容で。二枚目はたった一言だけ書いた。忘れもしない、彼女に渡すことができなかった手紙。
「それ、もっと早く欲しかったな」
「はは、そうだね。十数年後悔することになるならね」
「もし君があの日それを私に渡してくれていたら、何かは変わったのかな?」
「いや、変わらなかったよ。君は自由の方が素敵に見えていたからさ」
「正直だね、君のそういうとこが気に入ってるよ」
意地悪く笑った彼女を、よく覚えている。
「結局はさ、普通のサラリーマンになったよ。料理が上手な奥さんがいて、今のところ子供はひとり。可愛い一人娘で、家族を食わせることで一杯だ」
「そっかぁ、プロ野球選手はこれからなるのかな?」
「もういいんだ。普通って、すごい良いもんだよ」
「そう思ってくれて良かった。私も普通が欲しかったんだ」
厳重に二重で設置された柵にもたれて、空を見上げた。透き通った青色と白で塗りつぶされた雲のグラデーションが天井なく続いていた。
「青春だね」
つぶやいた彼女の横顔を思い出して。
夏になると思い出すことがある。眩しく射し込む太陽の日差し。少し遠くをゆるく映した陽炎。元気に鳴いた蝉の大合唱。グラウンドに響く運動部の掛け声。個人練をする吹奏楽部のトロンボーン。白いタオルが風になびいた校舎の屋上。
あの日、掴めなかった左手を。夏空に溶けた君を。
終
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