#92 VUCAの時代の思考法
「正しさ」はひとつではない
情報化社会が伸展しグローバル化が進む中で,私たちは育ってきた文化や考え方の違う人たちと接触する機会が増えており,「正しさ」は文化,宗教,社会の状況によって変化するものだということを痛感させられます。多様性を受け入れ相手の立場や価値観を尊重することは,ビジネスシーンにおいても非常に重要であり,自分とは主義主張が違っても相手の価値観や立場を尊重し受入れる態度が大切です。
古典的な「トロッコ問題」は,多数の人間の命を救うためにひとりの人間の命を犠牲にしていいのかという,答えの出しにくいテーマを扱っています(詳細はネットで検索してください)。この問題は,ハーバード大学のM. サンデル教授の授業「Justice」でも取り上げられました。功利主義者のベンサムが唱えた「最大多数の最大幸福」という基本原則が,果たしていつでも正しいかどうかを考えさせる問題です。
正しいよりも適切なものを
ラッコの子供を主人公にした漫画「ぼのぼの」に,いつも怒ってばかりいるアライグマくんが登場します。アライグマくんは,本当はこうある「べき」なのにそうでない言動をとっている,要領の悪いぼのぼのや,いじめられっこのシマリスくんに怒っていることが多いようです。近視眼的な人は他人の多様な価値観を受け入れることができず,自分は常に正しいと感じているために,他人が自分とは違う行動をとっているとイライラします。そして,自分は正しいことをしているのに評価されない,周りはわかってくれないとなると,さらにそのことに怒りを覚えます。
筆者のようなコンサルタントの価値は,「正しいこと」を言うところにはなく,経営者にとって事態が好転するよう「適切なこと」を言う,ところにあります。ビジネスの現場においても正しさにこだわるのではなく,現実が上手くいくような「適切な」ことは何か,にフォーカスする方が得策でしょう。
ヒトは限定合理性の中で生きている
伝統的な経済学は,人間は完全な合理性の中で行動することを前提として成り立っています。しかし実際の人間の認知能力には限界があり,あらゆる情報や条件を知って比較検討し判断して行動する,つまり完全に合理的に行動することは不可能です。そこで行動経済学では,人間の合理性に基づいた伝統的な経済学の仮定を見直し,非合理性や利他性などの要素を考慮した限定合理性に基づいた予測を行います。すなわち,人間の資質や置かれた状況によって,時間選好(待つことの感じ方)やリスク選好(リスクの感じ方)が違うことを織り込んで行動を予測するのです。
プロスペクト理論は,ノーベル経済学賞を受賞したD. カーネマンらが提唱した行動経済学の理論です。この理論では,人は得する場面ではリスク回避的行動をとり,損する場面ではリスク愛好的行動をとるとされ,つまり人間は客観確率ではなく主観確率によって意思決定することが主張されています。
予測ではなく未来を構想する
コンサルタントの大前研一はHarvard Business Reviewで,先の読めないこれからの時代は,フレームワークとしての「戦略」ではなく,見えない大陸を突き進む個人の資質に基づく「構想力」が問われる,というようなことを述べています。VUCAの時代,企業はAIやビッグデータを用いてできうる限り正確な予測を行い意思決定しようとするでしょう。しかしながら時代はUncertainty=不確実であり,完全な予測に基づく戦略策定や計画立案は不可能です。逆に「どのような未来にしたいか」という個人の思いや意思が鍵であり,自分の描く未来への「確信」と,その思いを周囲に伝える周囲を巻き込める「共感力」が重要になってくるのです。
※本noteは「リーダーシップ」誌(日本監督士協会)令和6年8月号の執筆記事「ゼロベース思考トレーニング」の一部を転載しています
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