US/Biotech/Startups 投資検討メモ-Pacific Biosciences (PacBio)
今回はアメリカのスタートアップPacific Biosciences のビジネスを多角的に評価していました。投資判断の参考になれば幸いです。レポートでは、10-kや、株主向けプレゼンテーションを引用するとともに、評価基準としてマッキンゼーの”企業価値評価”https://amzn.asia/d/3yNfsuVxを参考にしています。投資の判断は自己責任でお願い致します。
この企業は独自のシークエンス解析技術(Long-Sequence) を有しているバイオテック企業です。現在のシークエンスの主流は、Short Sequence(DNAを小刻みに分割して解析する方法)でIlluminaのプラットフォームが主流です。1塩基単位の変化を解析するニーズには適していますが、より大きな変異(構造多型)だと適していません。そこで、このLong Sequenceの技術が着目されています。
1. ビジネス概要
Pacific Biosciences (PacBio)は、主に長鎖DNAシーケンシング技術を用いたRevio プラットフォームと、短鎖DNAシーケンシング技術を用いたOnso プラットフォームを有し、長鎖・短鎖DNAシークエンスの双方をカバーしています。それらのプラットフォームの販売と、測定に使用するために使用する流路やチップなどの消耗品、さらに受託解析などのサービスが収益源です。
2. 会社が参入しているマーケットの概要
10-Kによると、PacBioのマーケットは、ヒトゲノムだけでなく、植物や動物も含めたゲノムに対し、感染性、がんや新しいアプリケーションの研究マーケットです。例えば、シークエンス技術は感染性などでは公衆衛生の研究に役立つことが期待され、がん研究ではバイオマーカーの研究に、植物や動物の研究では食糧問題を解決する手法として活用されることが期待されます。
このNGS(次世代シークエンサー)のマーケットは、PacBio,Illmina,Nanoporeが参入しており、今後も伸び続けることが期待されています。
The global NGS market was valued at $6.76 billion in 2022 and is expected to reach $28.47 billion by 2033, growing at a CAGR of 13.97% during the forecast period 2023-2033
https://bisresearch.com/industry-report/global-next-generation-sequencing-market.html
ここまでは、あくまでDNAシークエンスが期待される一般的な内容ですので、具体的にPacBioのプロダクトおよび顧客の観点からマーケットを調べてみました。まず、この会社のプロダクトはResearch Use Only であり臨床検査装置ではありません。
Our customers include academic and governmental research institutions, commercial testing and service laboratories, genome centers, public health labs, hospitals and clinical research institutes, contract research organizations (CROs), pharmaceutical companies, and agricultural companies*10-Kより引用
会社の中長期的な戦略としても、臨床用途でWhole Genome Sequence WGSが広く使わるための研究を共同研究先と進めているそうです。
We continue to believe that with the capabilities of our HiFi chemistry and SMRT technology, we can be a market leader in whole-genome clinical sequencing. Leading institutions have adopted our products to study
rare and inherited diseases. We believe the market opportunity for clinical sequencing is significant and could drive substantial revenue growth for the company. We plan to continue to pursue partner collaborations where
the technologies being developed or applications being considered extend beyond whole-genome clinical sequencing. Collaborative arrangements add to the awareness of our products and service offerings and may drive new applications for use of our technology.*10-Kより引用
3. 成長戦略(マッキンゼーのフレームワーク)
2024年 3半期決算の資料によると、PacBioは下記の重点戦略を掲げています。これらの重点戦略が、企業価値向上に繋がるのか検討しました。
Improving commercial execution to drive adoption of both Revio and Onso.
Continuing the development of new platforms that are expected to broaden our product offering and drive revenue growth.
Improving our gross margin and driving manufacturing efficiencies.
Reducing annualized non-GAAP run-rate operating expenses.
企業の成長戦略の良し悪しを比較する方法として、マッキンゼーの企業価値評価が提案している分類基準がある(マッキンゼーの企業価値評価、Exhibit9.3)。
・インパクト大ー新しい製品の導入により新しい市場を作る、既存の顧客に対して新しい製品を売る、新しい顧客を引き付ける
・インパクト中ー成長している市場でマーケットシェアを拡大する、企業買収により製品成長を加速する
・インパクト低ー競合他社からマーケットシェアを奪う、プロモーションや価格戦略、大規模な買収
このフレームワークを用いてPacBioの成長戦略を評価した。
1は、RevioとOnsoを市場に浸透させるコマーシャル化の推進です。特に、Revioは競合が少ない新しいマーケットである長鎖シーケンシング技術で、新規市場の開拓が進み、また短鎖シークエンスを利用する既存顧客に対する新製品販売が進むため、インパクト大と評価できます。
2は、具体的にどのような活動を指しているか手掛かりになる記載が、四半期決算の資料にありました。Revioの消耗品の改良に加えて、低スループット・高スループットの開発だと思われます。新しい製品を市場に出すことは、インパクト大の戦略である評価します。
”We continued to make progress in Research and Development while balancing OpEx investment”
Late stages of development of new Revio consumables that we expect will:
•Increase the throughput of the system without the need for additional capital investment.
•Decrease DNA input requirements.
•Add additional methylation calling abilities.
We’re continuing to make progress in our work to develop a low-throughput long-read systemas well as a high-throughput short-read system.
3,4は製造の効率化やコスト削減にフォーカスしており、成長率よりかはROICを高めるために重要です。結果として、収益性を維持しつつ他の成長戦略をサポートする役割を果たすものの、インパクトが低と評価できます。
総じて、インパクトが高い成長戦略だけでなく、インパクトが低い成長戦略(ただしROIC向上につながる)を含めたバランスが良い戦略となっています。この企業のライフステージとして導入期が過ぎて、成長期の後半に入ったとすれば、地に足のついた戦略ではないでしょうか。
4.マネージメント
2020年にCEOが変わっています。以前のCEOは、Michael Hunkapiller博士でした。彼は、PacBioの長鎖シーケンシング技術であるSMRT (Single Molecule, Real-Time) シーケンシングの開発と商業化に大きく貢献しました。その後、2020年9月に彼はCEOの役割を退き、現時点でのCEOはChristian O. Henry氏です。PacBioに加わる以前、Henry氏はIlluminaで有名な企業で長年にわたり幹部職を歴任し、同社の商業成長と戦略を大きく牽引していました。
現在のCEOはIlluminaの経験が豊富であるため、今後のビジネスの拡大に大きく寄与することが期待されます。
5.財務状況
PacBioの売上は近年増加傾向にあり、特に新しいシーケンシングプラットフォームの導入と市場での採用拡大が進んでいます。2023年の年間売上は前年に比べて成長しています。ただ、PacBioは依然として赤字経営を続けており、研究開発や市場拡大への投資、セールスの費用が利益を圧迫しています。このビジネスが、現時点で安定成長のステージに移行したとするならば、急激な売り上げ拡大が見込めないため、営業管理のコスト削減や研究開発の効率化により黒字化を目指し、キャッシュフローをプラスにする必要があります。
6. 所感
PacBIOの高い技術、そしてマーケットの中長期的な成長性は高いため今後の成長性は確実性が高い。しかし、この技術が臨床検査として取り組まれ着実な需要となるには、一定の時間がかかる。早期にキャッシュフローの黒字化を目指し、臨床検査用途の需要を取り込むまで、持続可能な運営を独自で構築できるかが今後の見所となる。
PacBioの長鎖シーケンシング技術(Revio)と短鎖シーケンシング技術(Onso)は、他の競合技術と比較しても精度が高く、臨床や研究分野での需要が急速に増加しています。シーケンシング市場全体は年々拡大しているため、その需要を取り込むこむことができれば、売り上げも自ずと向上していきます。また、会社の中長期的な戦略としても、臨床用途でWhole Genome Sequence WGSが広く使わるための研究を共同研究先と進めているそうです。これは、この需要が黒字化の大きなマイルストーンであり、容易に達成できることでもないことを示唆しています。
実際に、事業経験が豊富な新しいCEOの意向かと思いますが、製造効率とコスト削減の課題も重点取り組みとしています。2026年のキャッシュフローをプラスになるか、コスト削減の進捗状況を注意深くモニタリングする必要があります。