大悪党
史実の真偽はわからないけど・・・
時の権力
からすれば、
鼠小僧や・・
坂本龍馬
なんかは、時代の恒常性をかき乱す
大悪党
だったんだろうな、と思う。
もちろん、泥棒は犯罪だし、幕府にたてつくのはご法度だ。
だから取り締まる。
それは理解できる。
が、少し未来の時代から、鼠小僧や坂本龍馬の行動を振り返ってみるとどうだろう?
なんとなく、
正義のヒト
になってないか?
言い換えると・・・
今正しいことは、未来にも正しいとは限らない。
そもそも、
正しいってことは、絶対的なものではない。
そして、
未来において正しいことを今やる人は、
大悪党
に見える・・ということだ。
誰が見ても、現代は過渡期だ。
「禍」による追い打ちはあったと思うけど、ダメなものがダメだとわかっていく時代・・とも言える。
人間は恒常性の生き物。
そして、社会は恒常性を強く有する。
だから、正しかろうとなかろうと、動かすことは難しいんである。
人には、物事を「自分の目」で見る姿勢が必要だ。
でなければ流される。気づかぬうちに。
いずれ間違いなく変わるであろうこの世の中において、いっちょみんなで「大悪党」になってみないか?
そう。
少しの未来から、自分の仕事を見直してみればよいだけのことだ。
日月神示 磐戸の巻 第四帖
この方この世のあく神とも現はれるぞ、閻魔とも現はれるぞ、アクと申しても臣民の申す悪ではないぞ、善も悪もないのざぞ、審判(さばき)の時来てゐるのにキづかぬか、其の日 其の時さばかれてゐるのざぞ、早う洗濯せよ、掃除せよ、磐戸(ゐわと)いつでもあくのざぞ、善の御代来るぞ、悪の御代来るぞ。悪と善とたてわけて、どちらも生かすのざぞ、生かすとは神のイキに合すことぞ、イキに合へば悪は悪でないのざぞ。この道理よく肚に入れて、神の心 早うくみとれよ、それが洗濯ざぞ。一月二日、のひつ九のか三。