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【決算解説】ASML 2024年Q3:半導体市場を牽引する巨人の現状と未来
1. 全体概要
オランダに本社を置くリソグラフィ技術のリーダー、ASMLは、2024年Q3で売上収益1.2兆円(75億ユーロ)、純利益3400億円(21億ユーロ)を記録しました[1, 2]。これは前四半期(2024年Q2)の1.0兆円(62億ユーロ)から大幅な増加を記録し、前年同期比でも成長を維持しています。ASMLの最先端EUV(極端紫外線)リソグラフィ装置やArFi(液浸露光技術)の需要が堅調で、特にAIや5G関連のロジック半導体市場がこの成長を後押ししました。
また、地政学的リスクが高まる中、中国市場向けの売上収益が全体の47%を占めた点も注目すべきポイントです。これらの結果を受け、2024年通年の売上収益は4.6兆円(280億ユーロ)に達する見込みです。
2. 業績分析:2024年Q3までの推移
図1に示すようにQ3の売上収益は、Q2から20%超の増加を示しました。この成長の背景には以下の要因があります:
EUV装置の需要増加:Q3では11台のEUV装置を出荷し、関連売上収益は全体の35%を占めました。特にTSMCやSamsungなど、先端プロセスノードでの活用が拡大しています。
ArFi装置の安定的需要:ArFi装置は売上収益全体の48%を占め、成熟ノード市場で引き続き収益の柱となっています。
地域別での中国市場の強さ:出荷台数ベースでは、中国が他国を圧倒する47%を占めており、短期的な業績向上に大きく寄与しました。
Q毎の推移をみても2024年後半は回復傾向にあることが分かります。昨年比でみても3Qは売上収益、営業利益ともに増加しています。営業利益率も常に30%前後を維持していることろからも、ASMLという企業の競争力の高さがうかがえます。
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3. 事業領域ごとの分析
3.1 メモリ(Memory)市場
メモリ向けの売上収益は、図2に示すように総売上の約3割を占めていますが、成長ペースはロジックと比較すると緩やかです。これは業界全体のメモリ価格低迷や需要の調整局面が影響していると考えられます。一方で、AIや自動運転関連のデータ需要増に伴うNANDやDRAM分野での高性能化への対応として、EUV技術の重要性が高まっており、ASMLの長期的なポジションは安定しています。
3.2 ロジック(Logic)市場
ロジック半導体向けの売上収益は全体の約7割を占め、引き続きASMLの成長をけん引しています(図2)。特にAIチップや5Gインフラへの需要が高まり、EUV装置の出荷が追い風となりました。例えば、TSMCが進める2nmプロセスではEUV技術が不可欠であり、ASMLがこの分野での競争優位性を維持しています。顧客である主要半導体メーカー(TSMCやSamsungなど)がEUV技術への依存を深めていることを示しています。ただし今年は昨年比で減少が見込まれています。
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3.3 製品ポートフォリオの技術別内訳
EUV: 売上収益の約35%を占め、技術革新の象徴として存在感を発揮しています。特に先進プロセス技術への投資が活発なロジック分野で高い需要があります。
ArFi(液浸露光技術): 全体の約45%を占め、成熟ノード向けで安定した収益源となっています。
その他技術: ArF Dry、KrF、I-Lineなど、幅広い用途を網羅しており、多様な顧客ニーズに対応しています。
図3に各露光装置の売上収益の推移を示します。ASMLといえばEUV技術のイメージが強いですが、実際にはArFi(液浸露光装置)の売上収益がEUVを上回っていることが多々あります。これは、最先端の露光装置が必要とされないLSI(大規模集積回路)の製造が依然として多く、非最先端ノード向けの装置需要が多いためです。ArFi装置はコストパフォーマンスと汎用性の高さから、幅広い用途で活躍しており、ASMLの主要な収益源の一つとなっています。ちなみに国内のArFiメーカーといえばニコンですが、こちらは苦戦を強いられています。以前noteで記事にしたので良ければそちらもどうぞ[3]。
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少し気になったので、各露光装置の単価を試算してみました。その結果を図4に示します。EUV装置は1台あたり約300億円と非常に高価であることが分かります。これを何台も購入しているTSMCやSamsungが、いかに巨額の投資を行っているかが改めて実感できます。また、最近では北海道に拠点を置くRapidusにもEUV装置が納入されたようです[4]。国産の先端LSIが生産される日が待ち遠しいですね。
一方、ArFi装置も1台あたり約120億円と非常に高価です。少し前までは1台100億円以下だった印象がありますが、最近では価格が上昇しています。これは、中国がこれらの装置を大量購入している影響も一因かもしれません。需要の高まりによってASMLが高価格で販売できる状況にあるようです。ただし、後述するアメリカからの対中制裁の影響で、中国への販売が制限されれば、ASMLの売上収益が急落するリスクも否定できません。このような地政学的リスクが今後の業績にどのように影響するのか、注視が必要です。
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4. 現状の課題と今後の展望
4.1 現状の課題
地政学リスク: 2024年3Q時点で中国が売上収益の47%を占める一方、米中間の輸出規制がリスク要因です。ASMLは輸出管理を遵守しながら中国市場の成長を支えていますが、この依存度は潜在的な懸念材料です。
サプライチェーンの課題: 半導体業界全体で部品供給が不安定であり、ASMLも増産体制の整備を進める必要があります。
4.2 今後の展望
経営層は、中長期的にはロジック半導体分野でのEUV普及拡大に期待を寄せています。また、メモリ市場での需要回復や新興市場でのシェア拡大も見込まれています。さらに、ESG(環境・社会・ガバナンス)戦略の進展も企業価値の向上に寄与するとされています。
5. 来期決算の見通し
ASMLは2024年Q4の売上収益を約1.5兆円(90億ユーロ)、通年の売上収益を4.6兆円(280億ユーロ)と予測しています。利益率は引き続き堅調で、年間の粗利益率は約50.6%と見込まれています。また、R&D費用は1800億円(10.9億ユーロ)、SG&A費用は500億円(3億ユーロ)と計画的な投資を継続する方針です。ここから計算すると、およそ2023年の収益と同等になると想定しているようです。
業界全体では、AIチップ需要が牽引し、2025年以降のさらなる成長が期待されています。一方で、経済の不透明感や地政学リスクが市場の回復スピードに影響を与える可能性があるため、慎重な経営が求められます。
6. まとめ
ASMLは、半導体業界の変化に対応しながら成長を続ける強力な企業です。2024年Q3では、堅調な業績とともに、EUV技術を中心とした製品ラインナップが引き続き競争力を発揮しました。ただし、地政学的なリスクと供給網の課題は無視できず、これらへの対応が今後の成長を左右します。次回は来年1月下旬に発表される2024年4Qです。新たな情報を深掘りする予定ですので、どうぞお楽しみに!
この記事では、ASMLの2024年Q3決算を多角的に分析し、半導体業界の現在地と未来への道筋を描き出しました。あなたのビジネスや投資の判断に役立てていただければ幸いです!
参考文献
ASML. (2024). Q3 2024 financial results.
1ユーロ163円にて計算
ラピダス露光装置が千歳に到着 試作ライン稼働へ準備は最終段階.北海道新聞.2024-12-14,北海道新聞デジタル,(参照204-12-17) .
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