見出し画像

貴方は誰に感謝を伝えますか?

どうも。ゆきのです❄

前回の記事、初回の割にはえらい熱が入り過ぎてましたよね笑
大分、読者とテンション差があったのではないかと感じております。(感じてるだけで、どうこうしようとかはないです笑)

それほど何か思うことがあったのかもしれませんね笑


早速ですが、前回の続きと言ったらなんですが…

人から喜ばれてると感じること、それが目に見えるものとは何か?という話なのですが…

2つ目は、ずばり、“「ありがとう」という言葉”
な気がします💭

小学生の道徳かいな!
なんらかのエッセイ本かいな!
って思っちゃうのも仕方がない笑

でも、いろいろ考えて、
たぶん、一周回ってこの答えに辿り着いた気がします。


結構意識して感謝を伝えてみると、自分にも言ってるかのような錯覚を感じて幸福度が上がる気がしています。

私自身、意識し始めたのはココ3ヶ月くらいの話なのですが…
かなり心豊かになります☺

と共に『なんでこんな簡単なことしなかったんだろう』とも思いますね笑

なんとな〜く、余裕も生まれるし、とにかく自分にも人にも優しくなれる気がする。
そんな気がします💭

たった5文字ですが、それが人を喜ばせている成果として自分の元へ届くことは、目に見えて測れるものではないけれど、人を形成していく過程では必要なものではないのかと感じています。

その言葉を言われるということは、それ相応の何かを与えているわけであって…
人によってそのハードル的なものは違えど、
自分が与える側であっても、貰う側であってもそのハードルは低い方がより多くの幸福を感じられそうですよね笑

簡単なこと、
言われなくても分かってること、
ではあるかもしれませんが、
初歩的な部分で考えれば、
まず、自分が与えていくことで、人が受け取ってくれて、それで対価が貰える。
仕組み的には同じかもしれませんが、言語は簡単に交換できるツールであり、すぐ取り組むことができるなぁ〜と思います💭


そのため、感謝されることというのは
=人を喜ばせている
と考えてもおかしくないと感じます🌿
なんだか論文みたいな言い回しになっていますが、とにかく人に感謝して人を喜ばせよう!ということです笑

人は鏡だと思っています。
自分を写している鏡🪞
“類は友を呼ぶともいいますが…”
自分の状況や性格等々、周りの人が近くで教えてくれているんだなと感じます。

人によれば、人を喜ばせている対価として“言葉”なんて、お金より価値の低いものと感じる人が大半かもしれませんが…

それでも長い目で見たときに、きっとそれはお金という目に見える対価よりもより大きな付加価値として自分の為になる気がしてます💭


総じて、人を喜ばせるってなんだろなーって考えた時。
今の所、私はいっぱい“ありがとう”という言葉を貰うということではないのかと感じます♡
そして、自分も与えること。

20代前半の私の脳みそではコレが限界な気がします笑


論文みたいな、ややまとまっていない文章を読んでいただきありがとうございますした🙇

次回はもう少し砕けた話を書きたいものですね笑

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?