日本BGMフィルに見た夢(8) 「交差する場所」

■情熱と敬意の交差する場所

日本BGMフィルハーモニー管弦楽団の第一回演奏会が開かれた2013年に、もっとも流れていたゲーム音楽はなんだろう。
ドラゴンクエストシリーズの曲だろうか。
それともファイナルファンタジーの最新作だろうか。
もしかしたらそれは前年に登場したあの作品ではないだろうか。
家で、学校で、電車内で...…。
街の至る所でプレイされていたあの作品ではないだろうか。

『パズル&ドラゴンズ』。

「パズドラ」の愛称で知られるその作品は、スマートフォン時代を象徴する重要なゲームだ。

BGMフィルの第一回演奏会における5曲目は「パズル&ドラゴンズ メドレー」だった。
作曲はゲーム音楽好きなら誰もが知る音楽家、伊藤賢治氏だ。
パズル&ドラゴンズが登場したのは2012年。
日本BGMフィルハーモニー管弦楽団が設立されたのは2012年7月27日なので、同い年ということになる。
携帯電話、いわゆる”ガラケー”のソーシャルゲームが大きな話題になっていた時代に登場し、スマートフォンの普及とともに瞬く間に成長を遂げ、いつの間にか至る所でプレイヤーを見かけるようになった。
ゲームをしない人でも、電車の中などで学生やOLさんといった様々な人々が、色とりどりのドロップを真剣に操作する姿を見たことがあるのではないのだろうか。

BGMフィルがパズドラの楽曲を演奏することを意外に思った人もいるかもしれない。
パズドラは2013年当時としてはまだ新しいゲームのひとつであり、ファミコンやプレイステーションなどのようなゲーム専用機ではなく、スマートフォンを主戦場としている。
しかし、少し考えるとその選曲には、やはりBGMフィルらしさが現れていることがよく理解できる。
BGMフィルは、ともすれば古いゲームやマイナーな曲を好んで演奏すると思われてる節もあるが、最新の作品や、ベタと言えるほどの人気曲やヒット作品にも貪欲に取り組んでいる。
オールドゲームやすでに定評のある曲ばかり選ぶこともなく、趣味に走り過ぎた自己満足のような選曲に偏ったり、その反対に観客受けだけをピンポイントで狙うような選曲は無いと言えるだろう。
古今東西のゲームを広く見渡し、素晴らしい楽曲に光を当てていくという姿勢は、彼らのゲーム音楽への考え方の柔軟さを現している。

また、『パズル&ドラゴンズ』の楽曲で外せないのは、伊藤賢治氏の存在だ。
ゲーム音楽ファンなら誰もが知る偉大な作曲家であり、『ロマンシング・サガ』などの情緒溢れる壮大な曲の数々に魅せられた人も多いだろう。

BGMフィルもこれまでのアンサンブルコンサートで氏の楽曲を演奏してきた。
第4回アンサンブルコンサートのリハーサルでは、伊藤賢治氏自ら指導を行い、「数年後が楽しみ」と語ったという。
奏者と楽団の持つ力を認めて期待を込めつつも、現状に甘んじてはいけない、もっともっと良い演奏ができるという、叱咤激励の想いを込めた言葉だろう。
氏の暖かい人柄と、長い間ゲーム業界で戦い抜いてきた厳しさを感じることができる。

BGMフィルが伊藤賢治氏の楽曲を選ぶにあたり、ロマンシング・サガシリーズなどの良く知られた楽曲ではなく、『パズル&ドラゴンズ』を選んだことは、おそらく現在進行形の伊藤氏を見せたいという気持ちもあったのではないだろうか。

ゲームの歴史は長くなり、作品によってはすでに30年以上を経過している。
スーパーファミコンなどの据え置き型ゲーム機が覇を競い合うことで多くのゲームファンが熱狂した時代から、20年という月日が経とうとしている。

伊藤氏の代表作のひとつである『ロマンシング・サガ』もその頃の作品である。
ゲーム作曲家ならずとも、ゲーム製作者達は業界華やかなりし頃の作品で語られる傾向がある。
ファンもまたその時代に作られた名作の楽曲を求めることが多いだろう。
もちろん昔の作品には色褪せない魅力があり、古い楽曲に現代の響きを乗せて輝かせるのも演奏家の大切な仕事だ。
しかしながら、伊藤賢治氏はじめ当時活躍した音楽家達の多くは、現在もゲーム業界で、あるいは様々な世界で今も活動を続けている。

『パズル&ドラゴンズ』はゲームとしては近年稀に見る大ヒット作となったが、ゲーム音楽としてはまだ評価が固まっていない作品とも言える。
ファンの中には、なぜサガシリーズや聖剣伝説シリーズではないのかと考える人もいるだろう。
興行として考えれば、昔のヒット作を演奏するほうが一定の集客が見込むことができ、需要を見誤るというリスクは少ない。
演奏する側としても、初めてオーケストラで演奏される曲よりも演奏実績の多い曲の方が負担が少ないかも知れない。

しかしながらBGMフィルは新しい、現在進行形の作品を選んだ。
パズドラは近年のゲーム業界を代表するヒット作であり、またスマートフォン時代を象徴するばかりか、ある意味スマホ時代の到来を牽引した重要な作品でもある。それと同時に現在の伊藤賢治氏の活動を演奏したいという強い気持ちがあったのではないだろうか。
クリエイターを大切にすることはBGMフィルの見られる姿勢のひとつだ。

市原氏をはじめとして彼らはゲームの作り手、とりわけゲーム音楽を作り上げてきた作曲家、音楽家達に常に敬意を払っている。
これまでのアンサンブルコンサートや、今回の演奏会では、ゲーム音楽の作曲家を招いて曲間にトークを行う趣向で観客を楽しませた。
思えば、名曲の作曲家、たとえばバッハやベートーヴェンを招いて曲やその背景を解説してもらうことはできないが、ゲーム音楽家は今でも活躍をされている方が多い。
作曲された経緯や時代背景、ちょっとしたエピソードを聞くことができることはファンならずとも嬉しい瞬間だろう。
リラックスしたトークと、市原氏のいきいきとした司会は、ゲーム音楽家に抱く尊敬の心が自然にそうさせているように感じられた。
音楽家に抱く尊敬の心はBGMフィルを牽引する大きな力のひとつなのだろう。

今回の演奏は『パズル&ドラゴンズ』の「オーケストラ初演」となる。
初演はクラシックの世界において重要な意味を持つ。
世界中のコンサートホールやオペラハウスには、名だたる音楽家の曲が初めて演奏されたということが輝かしい歴史として記され、その街に住む人々の誇りとなっている。
演奏家としても、初演を託されるのは名誉なことであり、同時に大きな重責も感じたことだろうことは想像にがたくない。
とりわけプロとしてゲーム音楽を演奏する者としてはなおさらだろう。
彼らの挑戦の中には、先人に敬意を表し、彼らが紡いできたゲームの歴史の中に自分たちの手で何かを刻み付けようという強い意思があるように見えた。

市原氏のタクトが振られ、日本BGMフィルハーモニー管弦楽団が初めてオーケストラで世に送り出す『パズル&ドラゴンズ』の名曲の数々が会場を満たす時、いつも掌のスマートフォンで見ていたパズドラに新しい輝きが宿る。
何気なく聴いていた曲の中に、秘められた壮大な迫力や細やかな仕掛けがあることに気づき、情緒的な「イトケン節」が心深くに歌いかけてくる。

BGMフィルがゲーム音楽を築き上げてきたクリエイター達に贈る最大の賛辞。
それは演奏家達が人生をかけて磨き上げて来た素晴らしい音楽だ。
作曲家達が情熱を込めて書き上げたその一音一音を、演奏家達が敬意を込めて形にしていくことで、音楽は紡がれていく。
今でもはっきりと感じることができる。
あの日私達は、作曲家達の情熱と、演奏家達の敬意が交差する場所にいたのだと。

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