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寝台列車がないなら、寝台フェリーで 【名門大洋フェリー乗船記】

かれこれ5年ほどずっと行きたいと思っていた場所がある。それは、九州は日本最西端の県、坂の街長崎。

J-TRIP WEBサイトより

九州にはこれまで、福岡、大分、熊本、鹿児島には行ったことがあって、どの県も本州では味わうことの出来ない九州ならではの魅力が詰まっていた。雄大な自然と活火山に温泉、それらの恩恵と過酷さの両面を受けながら、暖かな気候のもとで育つ作物の数々。食事も非常に良質で、特に豚骨ラーメン好きの当方にとっては九州は天国のような場所だ。

博多の有名店、一双。
とにかくスープが濃厚な「泡系ラーメン」

そんな九州の中でも、少し異色の雰囲気を醸し出しているように感じていたのが長崎。グラバー園やハウステンボス、キリスト教会など、欧風な空気を感じるものが多い。

それもそのはず。
小中学校の社会科で学んだとおり、江戸時代の鎖国下で、唯一海外との貿易が行われていたのが長崎の出島。ここからあらゆる西洋文化が日本に入ってきた。佐世保バーガーで有名な佐世保の歴史も米軍基地が関連している。僅か50年ほどの短い時間で大繁栄と衰退の途を歩んだ軍艦島も長崎、キリシタンがやってきたのも、太平洋戦争末期に兵器として2度目の核爆弾が投下されたのも長崎である。

大人になってから、このような学校教育の中で半強制的に詰め込まれた断片的な知識について、より深く知りたいと思うことが増え、義務教育の恩恵を強く感じている。殊更 地理や歴史については、それらを知ることで今自分が生きている現代の社会の仕組みや構造の所以が解る面白さがある。

長崎にはきっと日本をより深く知るタネがたくさんあるはず。だから、長崎に行きたかった。

鉄道で長崎?

大阪から長崎へは、新幹線と特急を乗り継いで向かうか、あるいは飛行機で向かうのが一般的なルートである。しかし如何せん高い。どれだけ安く見積っても片道約19,000円。それに宿泊と観光、食事の費用も含めると、往復で5万円は優に超えそうだ。

新幹線を使った王道のルート。
2年前の西九州新幹線の開通でより近くなった。

そこで、当初は青春18きっぷを使って長崎に向かうことを計画していた。これならば実質2,410円で向かうことができる。しかし実際に調べてみると、始発でもその日のうちに長崎に到達することができない。一日普通列車に乗りっぱなしな上に福岡か佐賀で宿泊することになるため、結局体力的にも辛く宿泊費も嵩むこととなる。

昨夏、大阪⇔山口を往復したが、あの距離をさらに上回ると考えると、、、

最近流行りの“タイパ”を考えると、こんなときに寝台特急なんかがあればなぁとつい考えてしまう。私の幼少期までは関西と九州を結ぶ寝台列車はいくつか残っていて、大人になったら、、のあこがれの対象だった。新幹線や飛行機、夜行バスと違い、寝台列車はしっかりとフラットな布団の上で睡眠が取れる上に、寝ている間も移動を続けてくれるので、タイパ的には最高の移動手段だ。

四国で有志の方によって保存されているブルートレイン

しかしそんな寝台列車も決して安くはなかった。次第に速達の新幹線や飛行機、安価な高速バスの波に飲まれ、どっちつかずな寝台列車は淘汰されてしまった。

海上航路という選択肢

どうにか安くて比較的楽に向かえる方法はないか。あてもなく時刻表の路線図ページを眺めていると、大阪湾から北九州へと伸びる青破線が目に止まった。

「なるほど、フェリーか.…」

これまでにも一人旅はそれなりにしてきたつもりではいたが、長距離フェリーは未知の世界だった。大阪〜九州間のフェリーで有名なのは、大阪南港から大分別府を結ぶ『さんふらわあ』。あちらは安くても10,000円ほど。今回の『名門大洋フェリー』、価格を調べると、“ツーリスト”と呼ばれる開放型の寝台タイプで片道約6,000円。

所要時間や船内設備、移動に係る疲労度合い、そして早朝から九州で行動が開始できる行程上のメリットのことなど総合的に考えると、圧倒的に得だ。懸念点があるとすれば悪天候による欠航だが、瀬戸内海航路で欠航になるような悪天候ならば、鉄道や飛行機利用でも計画通りには進まないだろう。

そしてなによりも見つけた瞬間ワクワクした。とても久しぶりに味わう子どものような高揚感だった。どうせ同じ所へ行くのなら、心が踊る道を選びたい。

WEBで予約が完了する
QRコード提示のため、チケット発券の必要も無い

乗船!

というわけで夕方4時、大阪メトロでフェリーターミナル駅へ。ニュートラムと呼ばれるゴムタイヤで走行する鉄道が走るこの区間、大阪の湾岸地域の埋立地を結んでいる。

降りたのは私とワンカップを片手にしたおじいの2人だけ。

先述のさんふらわあ号は大阪府咲洲庁舎やインテックス大阪などがある、比較的栄えた港からの便だが、こちらの名門大洋フェリーはそれよりもさらに南の人工島から出港。一般的な店舗はローソンとセブンイレブンくらいで、あとはひたすらに物流関係の施設が立ち並んでいる。

ここからの船は東予行きと新門司行きの2つ。
白看板から、昔はさらに行き先があったことが伺える。

QRコード読み取り式の乗船手続きを終え、フェリーへと向かう。フェリーに近づくにつれ、緩急のあるホイッスルの音が聴こえてくる。その音に合わせて続々と大型トラックがフェリーに吸い込まれていき、それを係員が素早く数センチ単位で誘導。こういうふとした時に見える職人技、かっこ良い。

大阪南港⇔新門司間は1日に往復の運航。
この日は大阪発の第1便に乗船。

後でわかったことなのだが、この名門大洋フェリー、運航の収益のほとんどをトラックなどの車両輸送分で賄えているらしい。だから乗客の運賃をここまで下げることが可能なのか。大阪福岡の都市間なんて物流の大動脈のうちの一つな上に、ドライバーさんたちにとっても移動中に休憩ができるのは大きなメリットに違いない。

船内を散策してみる

そんなこんなですんなりと乗船。飛行機のような乗るまでの煩わしさもなく非常に良い。

館内案内図

大阪発と新門司発のそれぞれ第1便には『フェリーきたきゅうしゅうII』『フェリーおおさか』が、第2便では『フェリーきょうと』『フェリーふくおか』の2つが交互に運航されている。第1便の方が古い船舶で、第2便の方が新しい船舶。その分値段も第2便の方が少し高い。今回乗船したのは『フェリーきたきゅうしゅうII』。古いと言ってもほとんど古さは感じない。

客室は雑魚寝タイプのエコノミーからスイートタイプまで様々な種類が用意されている。また、客室のランクが上がるほど上階になるのは高層マンションやホテルと似ている。

①ロビー

6階ロビー

乗船してまずは広くて綺麗なロビーがお出迎え。
なんだか船に乗ったという感じがまるでない。一般の貨客フェリーでこれなのだから、豪華客船なんて一体どれほどのものなのか…。

階段も一味洒落ていて、壁には門司港と大阪のモノクロ写真がそれぞれ貼られている。なおエレベーターもあるので、バリアフリー対応もバッチリ。

②売店

ロビーの横には案内所とともに売店が設置されている。酒類を含むドリンクやカップ麺にお菓子、大阪と福岡 双方のお土産品や名門大洋フェリーグッズなど色々なものが販売されている。セブンカフェみたいなその場で挽くタイプのコーヒーもある。

おにぎりやパンなどの日持ちがしないものこそ置かれていないものの、船上とは思えない品揃え。中でもやはりお菓子類が人気のようで、じゃがりこは出航前に既に売り切れていた。

③休憩スペース

船内には各所に休憩スペースが設けられていて、食事や歓談を楽しみながらゆったりと過ごすことができるようになっている。

海を最も眺めやすいのはこのカウンタータイプのところだろうか。ほかにもテーブルタイプやテレビのあるタイプ、ソファータイプの休憩スペースも。

テレビコーナーで見つけた掲示。
そんな揉めることある、、?

④自販機コーナー

自販機は酒類、アイス、カップヌードル専用も含めて計7台。これだけ充実していればまず売り切れることもないし、飲みたいものがないなんてこともまあない。なお、酒類の提供は23時までに制限されており、しっかり休みたい人のことが配慮されている点も素敵。

自販機コーナーには給水器と給湯器、電子レンジも2台用意されている。私は持ち込んだ惣菜と米をチンして晩御飯にし、朝は給湯器でインスタントコーヒーを作った(ケチ)。

今回は利用しなかったが、船内にはレストランもあり、朝晩ともにビュッフェ形式で提供がされているようだ。結構美味しいらしい。

⑤ゲームコーナー

船内にはなんとゲームコーナーもあり、これには驚いた。写真のスロットマシンのほかに、UFOキャッチャーもある。船上にあるとなんとなく特別感が増してついやりたくなってしまうのか、この非日常空間を楽しむ人も多い。

客室、展望浴場へ

17時、フェリーは定刻に大阪南港を出港。
このフェリーは瀬戸内海を経由して新門司へと向かうため、明石海峡大橋、瀬戸大橋、来島海峡大橋の3つの本四連絡橋をくぐることとなる。

案内所横にはそれぞれの橋の通過予定時刻が掲示されている。最初の明石海峡大橋の通過予定は18:10頃。1時間ほどあるのでその前に入浴を済ませておくこととする。

開放型寝台の『ツーリスト』

その前に一旦客室に腰と荷物を落ち着ける。
今回利用した客室は最も安い寝台タイプのツーリスト。画像のブルーの部分が上下2段の寝台になっていて、上段同士、下段同士でそれぞれ向かい合うという構造。察しの良い方はお気づきかと思うが、両端の寝台だけは向かい合わずに1人だけの空間となる。したがって、入口から最も遠い側の寝台は予約の時点でどこも埋まっていた。

下段寝台

今回は下段を選択。理由は階段があるのが何となく煩わしかったから。列車の寝台であれば下段の寝台の方が振動が伝わりやすくて寝づらい、なんて話もあるが、船舶では上下段どちらでもそれほど変わらないと思われる。

寝台内部

内部にはハンガーが2つ、ミニ網棚、ドリンクホルダー、簡易照明、コンセントが1口用意されている。広さについては、身長169cmの当方は窮屈感は全くなかった。布団の寝心地は可もなく不可もなく、という感じ。清潔感はバッチリ。カーテンも遮光性が高くてGOOD。
ただどうしても隙間から漏れてくる光は多少あるので、アイマスクと耳栓があった方が快適度は増す。

男湯、もちろん女湯もある
これとは別にシャワールームも男女別にある

荷物を整え、貴重品を無料のセーフティボックスに預けていざ展望浴場へ。入口横には混雑状況が表示されていてこれも非常に良心的。
浴場内は街中のデイスパと変わらず、靴箱と鍵付きのロッカー、シャワーとお風呂という構造。シャワーにはボディソープやシャンプーもあり、脱衣所にはドライヤーもある。
窓から海を眺めながら入る風呂は、なんとも不思議で心地の良い空間だった。

夕暮れの明石海峡

神戸付近を横目に航行中
黄昏のおっちゃん

入浴後、ちょうど18時も近づいてきていたので外気を浴びに屋上へ。時速30km/hで進む船で浴びる海風は本当に気持ちがいい(潮風なので髪がバシバシになり、再度シャワーを浴びることになるとはこの時は知る由もない)。

明石海峡大橋が見えてきた。屋上にも続々と人が集まってくる。雲ひとつない晴天で、夕暮れ時とも重なってなんともエモーショナル。

ボーーッ!と長めの汽笛を鳴らして通過。老若男女、皆が子供のように上を見上げるその空間には、えもいわれぬ謎の一体感が流れる。明石海峡通過後、ものの数分で太陽は地平線の中に姿を消した。

次の瀬戸大橋は21:30頃の通過予定。翌日からの行程に備えて早めに寝ることも考えたが、せっかくなので寝る準備だけしてもう少し起きておくことに。ゴロゴロしながらYouTubeでも見ようかと思ったが、、、

そう、ここは海の上。電波が弱い。これは盲点だった。仕方なくスマホ内の音楽を聴きながらひたすらナンプレ、ナンプレ、ナンプレ(一度やり始めたら没頭するタイプ)。

瀬戸大橋とおっちゃん

21時前、いい加減ナンプレにも飽き、このたままだと寝落ちしてしまいそうなので再び屋上へ。写真には写せなかったが、進行方向左手には高松の街灯りが煌めいていた。
岡山に住んでいた期間があったので、この辺りはそれなりに土地勘がある。見知った土地を海側から眺めるというのは新鮮な感覚だ。

玉野市から瀬戸大橋の麓、倉敷児島にかけての渋川海岸あたりを航行中、1人の初老の男性から声をかけられる。

「こんばんは。瀬戸大橋はもう見えてますかね?」
「こんばんはー。あそこの白い灯りがいくつか点滅しているのが瀬戸大橋ですよ。」
「あぁあれですか。もうちょいかかりそうやね。」
「もうちょっとですねぇ、、、。船の上って本当に気持ちいいですね。」 
「船はいいよね。ここは内海やから穏やかやし。」
「そうですよね。太平洋とか日本海やとなかなかね。」
「昔はこんな船もいっぱいあったんやけどねぇ。娘が広島に住んでるんやけど、今はほとんど新幹線で移動してまうから、、、」

他愛もない会話だった。でもそれはとても心穏やかなひと時だった。見知らぬ人と言葉を交わし、心を通わせる。時にはそこから新たな世界が広がることもある。スピードや効率が重視される現代、ゆったりとした時間の中でしか生まれない繋がりや温もりについて今一度見つめ直してもいいかもしれない。

予定時刻通りに船は瀬戸大橋へ。海の上から見る瀬戸大橋は思っていたよりも暗い。
橋の真下へと差し掛かった時、ゴーーーという大きなジョイント音とともに頭上を列車が四国へ向けて走り去っていった。列車が走る瀬戸大橋ならではの光景。

「それじゃ、またね。」
「はい、また。おやすみなさい。」

おじさんとお別れし、寝床に着く。その後の記憶は夢の中。。。zzzz

5年振りの九州

「みなさまおはようございます。只今の時刻は午前4時30分、当船は予定通り新門司に向けて順調に運航しており、新門司の到着は5時30分を予定しております。」

乗船員さんのおはよう放送で起床。
外はまだ暗く正直もうちょっと寝ていたいが、目を覚ますためにコービーを淹れにロビーへ。レストラン前には既に朝食待ちの列ができていた。

コーヒーを飲み、荷物をまとめて出口付近へ。ゆったりしていると下船に案外時間がかかるという情報をnoteで見ていたので、早めに並んでおくことにした。
大型船は港に近づいたあとも着岸するのに結構時間がかかる。着岸までの間、電波がもう既に入る状態にあったので昨晩調べられなかった情報などを見ておく。

朝5時半。定刻に新門司港へと到着。
新門司港は門司区の南側に位置しており、車がないと交通の便が悪いので、乗船者が無料で利用できるシャトルバスが用意されている。行先は門司駅か小倉駅。大半の利用客は小倉駅へと向かうようだったが、私は門司港駅へ行きたかったので門司駅で降りることに。

バスは3台用意されており、降りた順に自動的に振り分けられていく。早めに下船口に並んでいたので、最も早いバスに乗ることができた。

HP上では、着岸から出発まで15〜30分ほどと記載されていたが、結果的にバスは5:35に新門司港を出発、6時前には門司駅に到着することができ、嬉しい誤算となった。2,3台目は大型のバスだったので、あちらのバスでは荷物のトランク預りなどの時間も含めてその程度の時間がかかるのもしれない。

そうして無事に予定よりも巻きで門司駅に到着。 
HP満タンの状態で、ここから5年ぶりの九州旅行がスタートする。
(なお長崎観光の後、日本海沿いを経由して富山まで向かうのだが、その話は追々、、)


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