「#旅する日本語」のあとがきのようなもの
一つ前の記事で、「#旅する日本語」のコンテストに応募する文章を書いた。400文字という制限内で、以前暮らした地、軽井沢について綴ったのだが、この文章を書くに至った思いを少し語らせてほしい。
観光客で溢れかえる夏の軽井沢
私の生まれ育ちは東京都。23区の中でも都会の方だ。自分ではそれほど自覚はなかったが、生粋の都会っ子なのだろう。大学生、社会人になって自分の出身地を話すとよく驚かれた。
そんな私が軽井沢の近くで暮らし始めたのは社会人になったとき。正確に言うと、住んでいたのは佐久市なので軽井沢町で暮らしていたわけではない。でも軽井沢へは仕事でよく訪れていた。
軽井沢は避暑地として有名なだけあって、夏になれば観光客で溢れかえる。雑貨店や飲食店が並ぶ旧軽井沢銀座通りは、人がごった返していて車で通るのも一苦労。お盆になれば軽井沢のメイン道路は「品川」「世田谷」「杉並」といったナンバーの車ばかりで、いつもなら10〜20分程度の距離が1時間以上かかるなんてざらにある。(まともに渋滞にはまると死ぬので、抜け道も覚えたし、そもそもお盆は軽井沢には近付かなくなった)
確かに、夏の軽井沢はすごく素敵だ。8月でも最高気温は25度程度で、夜は肌寒い。静かなカラマツの林に、足元には木漏れ日で照らされキラキラと光る緑色の苔が広がる。朝夕はよく霧が出て、それもまた幻想的だ。
駅前にはアウトレットや旧軽井沢銀座。少し足を伸ばせば、数多くの美術館や白糸の滝、旧三笠ホテルなんかの観光スポットもたくさんある。温泉やおしゃれなカフェ、素敵なホテルも数多い。
それだけ人気の軽井沢だが、冬になると一気に人がいなくなってしまう。
自然の厳しさと美しさは表裏一体
人がいなくなる、と言ったが、軽井沢駅前のホテル・スキー場にはそれなりの観光客はいる。でも、そこから少し足を伸ばした旧軽井沢や美術館が点在する地域、観光スポットにはほとんど人がいない。いわゆる、オフシーズンだ。
実際、軽井沢の冬はなかなか厳しく、過ごしやすいとはとても言えない。そもそも軽井沢の標高は中心地でも900mほどで、高い場所は1000mを超える。だからとにかく寒い。最低気温は-20度に達することもあるし、日中でも0度を下回ったままの日も。そのため、数日間家を空けるときは水道管の水を抜いて行くなどしないと、水道管の水が凍って破裂してしまう(寒い地域は常識だと思うが…)。
さらに、軽井沢で厄介なのが湿気。軽井沢の林には美しい苔が広がる、と上で記したが、つまり苔が一面に生えるほど湿気がすごいのだ。冬も湿気がすごいため、夏用の別荘にある布団はすぐにカビてしまうと聞く。
いろいろと書いたが、要するに冬の軽井沢はとにかく暮らしにくい。でも、厳しい環境だからこそ、人がいないからこそ、そこに夏とは違った美しい景色が広がっているのも事実だ。
キーンと刺すような寒さも慣れてしまえば気持ちがいい。
雪をかぶった雄大な浅間山は、間近で見ると圧倒される。
カラマツの林には雪が積もり、静寂につつまれる。
池には氷が張り、天然のスケートリンクになるところも。
冬の軽井沢は夏とは違った美しさを見せてくれる。そして、地元の人たちもそんな厳しい自然とその美しさを愛している。
観光とは、その土地を知らないからこそ楽しめる
今回、「#旅する日本語」では「涼み客」をテーマに書いたが、その土地の冬を、もっと言えば夏以外を知らないからこそ、彼らは「涼み客」になれるのだと思う。
軽井沢の夏以外を知れば、その土地の住みにくさも、不便さも、マイナス要素をたくさん知ることになる(今回は書いていないが、観光地ゆえの不便さは自然要素以外にもある)。
でもその一方で、それ以上の街の住みやすさ、自然の美しさもたくさん知ることができる。そして、その土地に愛着がわく。そしたら、「夏の涼しさ」だけを求めてその土地を楽しむことはできないと思うのだ。
私は夏以外の軽井沢を知ってしまった。だから「涼み客」にはなれない。でも、そんな軽井沢の厳しい自然や美しさがとても好きだ。
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