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『幽霊楽団』はなぜピアノから始まるのか? ~ 幽霊楽団とプリズムリバー三姉妹の音楽的解釈

この秋、こんなCDを作りました。

幻想郷で楽器を演奏するプリズムリバー三姉妹、ルナサ、メルラン、リリカがそれぞれソロ演奏をしたら、一体どのような演奏をするのか?ということを自分なりに考え、音楽で表現してみたCDです。
・3人が『幽霊楽団』をそれぞれソロで演奏したアレンジ
と、
・「3人が自前の音楽性を活かしてオリジナル曲を演奏した」という想定でイメージして作った自作曲
と、合わせて6曲作っています。(あとボーナストラック+1曲)

このアルバムを作るにあたり、『幽霊楽団』を再考し、彼女らの音楽性について解釈するという副産物的経験をすることができました。本当はCDのジャケットに書きたい内容でもあるんですが、ジャケットには書ききれないのでnoteにつらつら書きます。

それぞれの楽器について

まず楽器についての前提となるお話から。

三姉妹にはそれぞれ得意楽器があると言われています。
長女のルナサは弦楽器、主にヴァイオリン
次女のメルランは管楽器、主にトランペット
三女のリリカは全ての楽器が得意らしいが、主にキーボード鍵盤楽器パーカッションを担当するんだとか。

彼女達は騒霊(ポルターガイスト)として、手足を使わず楽器から音を鳴らす特殊技能を持っているという設定ですが、ここでは一旦超常現象的な話は置いといて、現実の楽器の話を考えてみます。

ヴァイオリン

まずルナサお姉ちゃんの得意楽器、ヴァイオリンです。

楽器本体(ボディ)に太さの異なる4本の弦が張ってあり、左手の指で指板を押さえて弦の長さを変え、右手の弓で弦を擦って音を鳴らす楽器です。一見簡単なように見えて右手も左手もとんでもなく難しい楽器です。私はまともに弾いたことはありません(ちょっと触ったことがある程度)。しかしたいへん表情豊かで、300年以上のあいだ表現力の高い楽器として、西洋文化圏ではソロ・アンサンブル共に親しまれています。

ヴァイオリンは一般的にクラシック音楽の分野で見ることが多いと思います。21世紀ではポップスの分野でもよく登場しますしライブなんかでも演奏している風景を見ますが、元はといえばクラシックの楽器です。特に「オーケストラ」では最も目立つ、華やかで美しい旋律を歌うことが出来る花形楽器でしょう。オーケストラではヴァイオリンは「主役」なので、主に「メロディ」を演奏することが多いです。

ただ単に「メロディ」といえば、例えば一人の人間が口で発声して歌うことが出来る「単旋律」のことを指します。「単音」すなわち「他の音を同時に鳴らすことなく一音だけ」で紡ぐことが出来る旋律ですね。“普通の人間”は一つの声帯から複数の音を同時に発声することはできません(極稀に2つの音を同時に発声することが出来る特殊技能を持った人がいますが)。その点において、主にメロディを担当するヴァイオリンという楽器の性質は、人間の声と少し似ています。

しかし、ヴァイオリンは4本の弦を持っているので、実は2本以上の弦を同時に弾くと、異なった音を(ほぼ)同時に演奏することができます。これを「重音奏法」といいます。ヴァイオリンの専門用語だと弦を同時に弾く本数に応じて「ダブルストップ」とか「トリプルストップ」とか言います。

つまり、ヴァイオリンは基本的に単音によるメロディを演奏することが多い楽器であるが、複数の音(=和音)を同時に鳴らす「重音奏法」も可能な楽器です。なので、一つの弦でメロディを、もう一つの弦で伴奏やメロディのハモリを、両方同時に鳴らして演奏するといったことも可能です(技術的にはメチャンコ難しいが)。たとえば以下の動画のように(多重録音とかでなく、一人だけで演奏しています)。


ではヴァイオリンは「メロディ」だけでなく「伴奏」も出来る楽器なのか?

というと、その答えは五分五分です。
実際オーケストラではヴァイオリンはメロディを他の楽器に譲って伴奏に徹する場面もあります。しかしながら、ヴァイオリンは高い音を担当する高音楽器なので、「低音域で音楽を支える伴奏」を演奏するには少々音域的に難のある楽器でもあります。
ゆえに、実際に伴奏を演奏する機会が多いのは、ヴァイオリンよりも低い音が出る「ヴィオラ」や「チェロ」「コントラバス」といったヴァイオリンよりもサイズが大きな弦楽器が担当することが多いわけで、すなわちこれが、「ヴァイオリンはメロディをよく演奏する花形楽器(≒伴奏専門楽器としては少々場面を選ぶ)」と、作曲法の通例上考えられている所以でもあります。

トランペット

続いてメルメルお姉ちゃんの得意楽器トランペットです。

トランペットも、ヴァイオリンと性格は似ているところが多いです。
ヴァイオリンが弦楽器の花形楽器とすれば、トランペットは管楽器の花形楽器です。ヴァイオリンが「オーケストラ(管弦楽)の主役の一つ」だとすれば、トランペットは「吹奏楽の主役の一つ」と言ってもいいでしょう。ヴァイオリンに同じく高音楽器で、メロディを演奏することが多いです(現代では)(歴史的経緯を言うと諸説あります)。

もちろんオーケストラでもトランペットは用いられますが、トランペットをはじめとした金管楽器はヴァイオリンのような弦楽器に対して音量が大きいです。よって、弦楽器が権威を持つオーケストラにおいて、トランペットはしばしば出番が制限されることが多いです。

そして、ヴァイオリンは2本以上の弦を使って別々の音(=和音)を出す「重音奏法」が可能でしたが、トランペットはそれができません。唇を震わせて空気の振動を作り、それを管内で増幅させて音を出す楽器なので、人間の口が一つである以上同時に二つ以上の音は(理論上)出せません。(これもごくまれに重音奏法が可能な特殊技能を持ったすげえプレイヤーがいますが、極めて稀なので、通常は出ないということにしておきます。メルランは出来るかもしれんけど。)

通常、トランペットで和音を演奏するには複数人で複数本の楽器を演奏して異なる音を同時に鳴らす必要があります。トランペット3本とか4本とか。しかしながら、トランペットはヴァイオリンと同じく高音楽器なので、ヴァイオリンと同様、「低音を支える伴奏」を演奏するには少々音域的に難のある楽器です。

一つの楽器で和音が演奏できるかどうか?という点において、重音が容易なヴァイオリンと比べてトランペットは劣ります。しかし前述した通りヴァイオリンも伴奏専門楽器ではないので、トランペットとヴァイオリンは、メロディを担当することの多い花形楽器としてのほぼ同等の地位を持っていると言えます。

ピアノ

三女のリリちゃんが専ら扱う楽器はキーボードで、鍵盤楽器パーカッション担当、だそうですが、ちょっと色々と説明が面倒くさいんで、パーカッション要素は一旦置いといて、キーボード・鍵盤楽器という概念に着目して、少々雑ですがここでは分かりやすく皆さんのイメージしやすい「ピアノ」として扱うことにします。リリちゃんごめんね。

ピアノと言えば、その楽器をイメージできない人はほとんどいないと思います。だいたい学校の音楽室に置いてあるし音楽の先生が弾いてるから。なので細かい説明は不要でしょう。

たとえば学校の音楽の授業で、歌や合唱の授業をしているとき、先生がピアノを弾いています。その時ピアノって何をしていますか?「伴奏」ですよね。合唱コンクールなんかでも「伴奏者」としてのピアニストは一つ注目される存在です。

なぜピアノは伴奏ができるのか?それはもう楽器を演奏している様子のビジュアルからして説明するまでもないですが、右手と左手、それぞれ5本ずつの指、合わせて10本の指で、自由自在に和音が演奏できるからです。また低い音から高い音まで自由自在に出すことができます。ピアノはオーケストラにある多種多様な楽器のほぼ全ての音域をカバーしているので、ピアノは「小さなオーケストラ」という二つ名を持ちます

一般的にこんにちの我々がよく聴く音楽において、「メロディ」を支えるためにはメロディの下に「和音」が必要です。和音が手軽に鳴らせて、低音域にも簡単にアクセスできるピアノは、「伴奏」を得るために最もお手軽な楽器の一つとも言えます。

もちろんピアノは低音域だけでなく高音域も自由に鳴らせるので、伴奏だけでなくメロディも演奏することもできますし、右手はメロディ、左手は伴奏という形で一つの楽曲をたった一人で成立させることも難しくはありません(弾けるようになるには練習が必要ですが)。

ソリスト(主役)と伴奏者(脇役)

三姉妹の得意楽器、ヴァイオリン・トランペット、ピアノについて一通りザッと解説したところですが、先のピアノの話で「伴奏者」という言葉が出てきました。ここで「伴奏」あるいは「伴奏者」という概念について補足しておきたいと思います。

一般的に、「伴奏者」というのは「ソリスト(主役)」から見て「脇役」に相当します。また、合唱コンクールだと、合唱が主役であり、ピアノの伴奏は脇役です
伴奏者は、ソリスト(主役)を引き立たせるために、ソリスト(主役)が表現したい音楽を最大限に活かすための音楽的演出を心がけなければなりません。

たとえば、合唱コンクールで伴奏者が突然練習とは違うテンポで伴奏を弾き始めたら、合唱の人達は混乱が生じますよね。本来であればそのような事故は起きてはならない訳です。
ソリストが「一番盛り上がる部分の音を引き伸ばしたい」としたら、伴奏者はそこでソリストの息遣いを読み取ってテンポを合わせてやらねばなりませんし、ソリストが「ここは小さな音量で歌いたい」としたら、伴奏者は主役をかき消さない小さな音量で伴奏に徹さなければなりません。

また、音楽には「明るい音楽」と「暗い音楽」があります。同様に、「明るいメロディ」や「暗いメロディ」もあります。また、そのどちらでもない音楽やメロディも存在します。
ソリストが「明るいメロディ」を歌う場面であれば、伴奏はその雰囲気に合わせて「明るい音楽」になるような陽気なニュアンスの伴奏を、ソリストが「暗いメロディ」を歌う場面であれば、伴奏はその雰囲気に合わせて「暗い音楽」になるような陰気なニュアンスの伴奏を求められます。もし、ソリストが表現したい音楽と伴奏者の表現が対向していると、大抵の場合音楽は崩壊します

伴奏が音楽へ与える影響

しかし、音楽を作編曲している人には分かると思うのですが、「明るいメロディ」でも伴奏を変えて「暗い音楽」にアレンジしたり、逆に「暗いメロディ」を「明るい音楽」にアレンジすることも出来るんです。
「暗い音楽」にするのであれば、例えばあえてテンポを落としてみたり、賑やかな楽器・音符をカットしたり、気持ちがダウナーになる和音を選択(リハーモナイズ)したり。
そして「明るい音楽」にするのであれば、例えばアップテンポにしたり、賑やかしのパーカッションを入れてみたり、前向きな気持ちになる和音を選択(リハーモナイズ)したり、といったことで音楽の雰囲気をガラッと変えることができます。

こういったマジックは、もちろんメロディそのものの主張も大事なのですが、「メロディ以外の伴奏の要素」で大部分の方向性を決めることができます。伴奏は主役でないと言えども、音楽の世界観に与える影響は決して小さなものではなく、むしろ非常に大きい影響を与え、リスナーにその音楽的演出を訴えてきます。

ソリストが「ここはゆっくり弾きたい」と主張しても、空気を読めない伴奏者がアップテンポで煽って演奏していれば、ソリストは音楽の崩壊を防ぐべく仕方なく伴奏に合わせるしかありません(伴奏と合ってないソリストは大抵の場合ソリストが下手と判断されがちなので、屈辱的だが譲歩するしかない)。
「本当はソリストの俺が悪いんじゃなくてクソみてえな伴奏者が俺の空気を読まねえんだ……!」と、こんな苦汁をなめさせられる体験をソリストが被れば、その伴奏者とは二度と共演しないと思いますが。(こういった役者同士の対立を避けるために、大規模な編成であるオーケストラでは指揮者が置かれます)

『幽霊楽団』はなぜピアノから始まるのか?


さて、ここで本題に入ります。
東方妖々夢4面ボス曲、『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』はピアノから始まります。
なぜピアノから始まるのでしょうか?
ルナサのヴァイオリンやメルランのトランペットで始めてはいけなかったのでしょうか?

ここである仮説が思いつきます。

ルナサは「鬱の音」を演奏すると言われています。
多分一人だと「鬱な音楽」を演奏するんでしょうね。
だからルナサお姉ちゃんがソロで『幽霊楽団』を始めてしまうともうそっから鬱モードになってしまう。伴奏者はルナサお姉ちゃんの空気を読んで、「鬱のメロディの世界観」に寄り添って暗い音楽の背景を演出していかなければならない。

一方でメルランは「躁の音」を演奏すると言われています。
多分一人だと「躁な音楽」を演奏するんでしょうね。
だからメルメルお姉ちゃんがソロで『幽霊楽団』を始めてしまうともうそっから躁モードになってしまう。伴奏者はメルメルお姉ちゃんの空気を読んで、「躁のメロディの世界観」に寄り添って明るい音楽の背景を演出していかなければならない。

仮にルナサお姉ちゃんがソロで『幽霊楽団』を「鬱モード」で始めてしまったとして、そうすると「躁の音」を演奏するメルメルお姉ちゃんの音楽的居場所がない。もし無理矢理「鬱モード」にメルメルの「躁モード」が乱入すると、音楽的に事故る。きっとライブ失敗。逆もしかり。すんげー脂っこい濃厚なラーメンの上に途中ですんげー上品なお刺身が突然トッピングされるみたいな。

そういう形で音楽が事故るのは避けたい。

しかも、「明るい」と「暗い」の相反する音楽をいっぺんに両方選択することはできない。

ということで、消去法的に極端な躁鬱のどちらにも偏らない、中庸な音楽性で始めるのに最も適した楽器が「リリカの操るピアノ(キーボード)」であり、それこそがリリカの得意とする音楽性なのではないか?と思います。
言わば、リリカはソリストよりも伴奏者向きであり、アレンジャー気質なのでしょう。あくまで私の解釈で、「神主がそう考察してキャラ設定して作っているんだ」と断定しているわけではありませんが。

『幽霊楽団』の楽曲展開

「『幽霊楽団』はピアノから始まることによって、ルナサお姉ちゃんの鬱ミュージック、メルメルお姉ちゃんの躁ミュージックのどちらかに極端に偏ってその後衝突事故が起きることを防いでいるのだ」ということだとして、更に『幽霊楽団』の続きを見てみましょう。

ピアノのソロで始まった『幽霊楽団』は、しばらくすると同じメロディをヴァイオリンが演奏します。通常、ヴァイオリンという楽器は繊細な楽器で(そもそも楽器はどれも繊細ですが)、管楽器や打楽器と比べて音量が比較的小さい傾向にあります。なので、まだ音量が盛り上がっていないピアノソロだけのイントロの段階でヴァイオリンが入ってくることで、ルナサお姉ちゃんの音楽的居場所が確保されているのでしょう。

『幽霊楽団』最初のメロディ

一方で最初のメロディをピアノとヴァイオリンで何度か繰り返し演奏したのち、瞬間的空白が生じ(原曲でいう0:51の部分)、直後にトランペットが新たなメロディを吹き始めて雰囲気はガラッと一転します。

ヴァイオリンは音量の小さな楽器ですが、トランペットは全力で吹き込むととても大きな音量が鳴る楽器です。軍隊でも用いられる強力な楽器ですからね。仮に最初のメロディをもっと繰り返したまま、ピアノとヴァイオリン、そこに更にトランペットが加わると、音量バランス的に

ピアノ ≦ ヴァイオリン <<<<<< トランペット

なので、せっかく三人が同じメロディを演奏したとしても、おそらくメルメルが全部持っていきます(バランスを整えるためには、3人の演奏位置を工夫するか、マイクとスピーカーによる非アコースティックで機械的な音量調節が必要)。

ですから、新たにトランペットをフィーチャーさせるべく、今までの音楽を一旦やめて場面転換をして、雰囲気を一変させて新しい音楽展開を始める必要がある。そういう意味でも、「鬱の音」と「躁の音」キャラクターとしての対比が音楽の展開によって裏付けされていくわけですね。

さらにメルメルが演奏するトランペットのメロディには、例の「てててて」という合いの手がヴァイオリンによって入ります。(原曲でいう0:55の部分)


「てててて」

「てててて」は、「合いの手」という俗名の通り、メルメルのメロディの余白が生まれる瞬間に演奏されます。

(譜例でいう3小節目)

もちろんトランペットとヴァイオリンが同じメロディを一緒に演奏するような場面はオーケストラなどでもよくあるのですが、一人のトランペットと一人のヴァイオリンでは、トランペットのほうが音量的主張が圧倒的に優位なので、三姉妹のアンサンブルの中では、ルナサお姉ちゃんが音楽的居場所を確保するためにこういうポジションを選んでいるんでしょう。お花見の場所取りみたいに。

さらにその先ですが、今度は転調が発生してキーが半音上へと上がり、メルメルが演奏したメロディが半音高いキーでもう一度~二度繰り返されます。

これに関しては、もう確実にメルメルが盛り上げた結果発生した転調だと思っています。しかもその場の思いつき(即興)で。おそらく『幽霊楽団』はメルメルがいなければ転調は起きていない。

多分、元々は三姉妹の中では自分達のテーマ曲を作る時に転調するつもりじゃなかったけど、途中でメルメルが転調することを思いついて無理矢理盛り上げて、『幽霊楽団』を繰り返し演奏していくうちにそれが慣例となって、もはや最初からそういう曲かのような認識になってる(と想像する)。
本当はEm(ホ短調)からFm(ヘ短調)に上がらず、そのままEm(ホ短調)のままステイしてくれた方が、イントロに戻った時C♯m(嬰ハ短調)に自然に帰ってこれるのにね。なんてことしてくれるんだメルメル。

メルメルってどんどん盛り上げていきたいタイプだから、かなり軽率に転調させてキーを盛り上げていく。ルナサお姉ちゃんはおそらく「♭(フラット)めんどくせーんだよなー(※)」って心の中で思いながらも嫌な顔を客に見せずに弾いてるし、リリちゃんは割となんでも弾けちゃうタイプだから「あーはいはいキー上がるのね」って思いながらサラッと半音上にトランスポーズ(移調)してる。

※……楽器の構造上の違いで、一般的に弦楽器は♯(シャープ)系の音が、金管楽器は♭(フラット)系の音が得意と言われています。

ここのメルメルの独断による転調(※独自解釈)で、初めて三姉妹の音全てがそれぞれ独立したフレーズを演奏します。

ここでついに本格的な合奏、複雑に入り組んだアンサンブルが発生するわけですが、音楽的カオスに至るか至らないかギリギリのラインで音楽をとことん盛り上げたのちに、再び場面は一変して、イントロの雰囲気を再現するかのような静かな鍵盤楽器の背景音(ハープシコードの音色)が繰り出されます。そして音楽はループします。
多分メルメルを放っておくとどんどん盛り上げられてしまい、それを継続されると困るから、いい塩梅でメルメルの暴走をストップできるように、「これ以上盛り上げられないぞ」ってラインまでリリちゃんの手で密かに盛り上げてるはずだ(独自研究)。

三姉妹のソロ演奏について

以上で『幽霊楽団』の音楽的解剖をし、そして三姉妹がどのような意思で演奏をしているのかを窺ってみました。
しかし、『幽霊楽団』は『Phantom Emsemble』という副題が付く通り、あくまで三姉妹の合奏(合葬)曲。これが三姉妹が自己主張し合うタイプの演奏でなく、それぞれ個人が思いのまま自由に演奏できるシチュエーションだとしたら……? それを考えたのが今回作ったアルバム、『プリズムリバー三姉妹のソロ!』です。

ルナサソロの場合

ヴァイオリンは専らクラシックの分野に根を張る楽器。三姉妹ってジャンル自体はなんでも演奏しそうな気もしますが、多分ルナサお姉ちゃん単体で見ると出身ジャンルはやっぱクラシックなんじゃないかな。

そんなわけでルナサお姉ちゃんが『幽霊楽団』を演奏すると多分こんな感じ。

(※音質が芳しくない場合はnote上でなくツイートをクリックしてTwitterのページで再生してください)

原作のキャラ設定に「彼女はソロ演奏を好む」とありましたが、「ソロ演奏」というのが先ほど例に挙げていたベートーヴェンの交響曲『運命』をヴァイオリンたった一人で弾いちゃうような演奏なのか、それとも後ろに伴奏の音があってその上で一人でメロディを歌うタイプの演奏なのか、どちらのソロ演奏なのかはこの文面だけでは判断しかねますが、とりあえず今回は後者ということで、伴奏付きのソロ演奏想定で作っています。

先ほども書いた通り、ヴァイオリンは管楽器などと比べて比較的音量が小さいです。ヴァイオリンに限らずこういった音量がデリケートな楽器というのは他にもたくさんあるのですが、そういった楽器は概ね、大きな音量を出す他の楽器の音によって自分の音がかき消されるのを忌避します。琵琶とか箏も同様なので、九十九姉妹と和太鼓の堀川雷鼓が合奏したら実際どうなんだ……? 神主がどこまで考えているのかは分かりませんが、私はこれがルナサお姉ちゃんがソロ演奏を好む理由の一つではないかと思います。
なので、ルナサソロの曲は、いずれも背景の伴奏が弦楽合奏だけで作られています。もしかしたらルナサは一人でソロ演奏をこなしつつも、バックの伴奏もルナサ自身が手足を使わず演奏しているのかもしれん。

そしてクラシック風味に作ろうということで、『幽霊楽団』のルナサソロアレンジでは、クラシックの器楽分野で大切にされている「ソナタ形式」という形式に(初)チャレンジしてアレンジしてみました。ルナサお姉ちゃんクラシック勉強してそうだから。「ソナタ形式」についてはまた新しい記事が一つ書けてしまうので気になる人はググってください。ルナサお姉ちゃんみたいな難しいことがいっぱい書いてあるぞ。

ソナタ形式にしてしまったことでルナサお姉ちゃんの曲は尺がちょっと長くなってしまった。奇しくもお姉ちゃんと楽長の風格が出ている。

一方でルナサソロのオリジナル曲はこんな感じをイメージ。

『幽霊楽団』は予めメロディが決まっているので、メロディの歌い方、和音の付け方、テンポの作り方、伴奏の演出の仕方で雰囲気を作っていましたが、オリジナル曲ではメロディもゼロから自由に作れるということで、もっと「鬱」っぽいメロディにしてみました。ひたすら下へ下へと下がっていくダウナーなメロディです。
こちらも先の『幽霊楽団(ルナサソロ)』に同じく、ルナサが主にメロディを演奏して、背景の伴奏は弦楽合奏のみとなっています。

特に、いちばんうまく出来たと思ったのが、2オクターブかけて半音階でひたすら下行していくだけのこのメロディ。

とはいえ、音楽の展開上盛り上がる部分もあるので、ずっと気持ちが沈んでる状態が続くだけでなく、パッションが感じられる部分も後半にはあるかと思います。その辺はCDのフル尺で堪能してみてください。ヴァイオリンの楽器説明で述べた「重音奏法」も活かしてるぞ!

ヴァイオリンソナタやヴァイオリン協奏曲、弦楽合奏曲など、その手のジャンルの音楽には好きな曲がいくつかあるので、『幽霊楽団(ルナサソロ)』も、ルナサのオリジナル曲も両方、それらの音楽の持つ世界観に寄せてみました。この2曲を作るために調達したヴァイオリンの音源がまた凄くて、作ってる時も本当にルナサお姉ちゃんが弾いてるみたいな臨場感があった。

ちなみにこの曲もテンポがゆっくりでダウナーなので、尺が長くなってしまった。奇しくもお姉ちゃんと楽長の風格が出ている。この次にハイテンションなメルメルの曲が流れるので、油断していると体調を崩すぞ。

メルランソロの場合

トランペットも元々クラシック由来の楽器ですが、メルメルのキャラ設定には「ジャズトランペッターの生き血」がどうのこうのとあるので(マイルス・デイヴィスとかか???)、クラシック出身(仮定)のルナサに対して、メルメルはジャズ・ポピュラー寄りなのかなと推測。

ただメルメルはビバップみたいなめちゃくちゃアドリブを利かした即興演奏をするタイプよりも、分かりやすい素直なメロディを直接的に歌って客に主張するタイプの性格だと思ったので、複雑に発展したジャズというよりかは大衆性のあるポップな方向の音楽で考えています。

そんなわけでメルメルお姉ちゃんが『幽霊楽団』を演奏すると多分こんな感じ。

(※音質が芳しくない場合はnote上でなくツイートをクリックしてTwitterのページで再生してください)

メルメルのソロはルナサと違って、伴奏にブラスのバッキングはもちろん、それに加えてキーボードやパーカッション、ストリングス(弦)も入ってゴージャスな感じです。これがメルメルがソロ演奏する時専用のカラオケの音源なのか、それともルナサとリリカがメルランのソロのために演奏しているのかどうかは皆さんのイメージにお任せ。

「原曲の『幽霊楽団』では、メルメルが転調を起こしているんだ!」と主張しましたが、その発想はそのまんま使いました。ワンコーラス歌いきると、2コーラス目で突如半音上に軽率に転調します(1:32~)。原曲の『幽霊楽団』は短調なのですが、躁の音ということで、メルメルソロverは長調にアレンジしました。音楽的にもクラシカルで芸術的完成度の高さを重視したルナサとは対に、メルメルは大衆性とか分かりやすさを重視して。

一方でメルランソロのオリジナル曲はこんな感じをイメージ。

ルナサのオリジナル曲が下へ下へとメロディが下がっていく音楽だったのに対して、こちらはどんどん上げていくメロディを意識しています。多分メルメルはテンション高いから、常人が吹けないようなハイトーンをめっちゃぶちかます。めちゃくちゃハイトーン利かせた曲になっているので、普通のトランペッターは吹けません。東方原曲もZUNペット音高ぇしな。

ちなみに、こんにちよく聴くJ-POPなどでは【Aメロ→Bメロ→サビ】という楽曲展開が多いですが、この手の形式においてBメロというセクションは、最も盛り上がるサビと対比をつけるために一旦Aメロよりも音楽を盛り下げる役目を持つケースがあります。
しかし!そこはとにかくずっと前向きに走り続けたいメルメル!彼女にとって一直線にサビに向かわずに盛り下げるBメロセクションは邪道……!ということで、この曲にはBメロが存在しません。
そして『幽霊楽団(メルランソロ)』に同じく、2コーラス目では軽率に半音上に転調(1:49~)しています。メルメルのハイノートがどこまでに至るのかはフル尺でのお楽しみ。

メルランの2曲は特別に、メルランのソロパートをカットしたバッキングトラックを別で収録しているので、挑戦心のある強いトランペッターは挑戦してみてください(?)。

リリカソロの場合

リリカは一応「全ての楽器が得意」だそうですが、全ての楽器を演奏させてしまうと他の二人の面が立たなくなるので、ピアノやエレピ・アコーディオン・オルガンなどの鍵盤楽器メインだったり、キーボード特有の表現や、シンセサイザー、小物のパーカッションを生かした音楽にしてみました。(っていうか「全ての楽器が得意」って、シンセで全部の楽器の音が自由自在に出せることを言ってるんじゃねーか……?)

そんなわけでリリちゃんが『幽霊楽団』を演奏すると多分こんな感じ。

リリカはキーボードを駆使して多重録音とか、あるいはお家で予め記録しておいた自分の演奏をバックで再生して自動演奏とかメカニカルなことするんじゃないかなあと想像したり。
あと私が個人的に好きなジャズピアニストがいて、その影響で曲はちょっぴり洋楽テイスト……(ほんまか?)。♭(フラット)が多いキーを選んだのは後半で黒鍵グリッサンドをさせたかったからです。

三姉妹の中でジャズ的なアプローチを最もするのはメルメルでなくリリちゃんだと思います。冒頭のピアノソロのようにめっちゃインプロビゼーション(※)とかアドリブ演奏めっちゃする子

※……インプロビゼーション(improvisation):楽譜にとらわれず、その場のひらめきやプレイヤーの解釈などによって自由に即興的に演奏すること。

ジャズの文化では「コード(和音)で自由に遊ぶ」という文脈がかなり発達しているので、アレンジャー気質(仮定)のリリちゃんに向いているんじゃないかなと思います。ルナサとメルランがそれぞれ相反する躁鬱の音を演奏し合う中で、良い感じにブレンドするハーモニーやアレンジを取捨選択するのが多分好きで、結構職人気質でアレンジャー気質。
だからコード(和音)で遊ぶのが好きだし、特定のコードの上で自由に思いのままアドリブ演奏をするのも好き。そのため、一回ワンコーラスでサラッと幽霊楽団のメロディ(テーマ)を弾いたら、2コーラス目(1:47~)からは元のメロディそっちのけでもうアドリブ演奏しちゃう。さっさとアドリブで遊びたくでたまらない仕方のない子。

だけれど三姉妹の合奏ではルナサとメルランがメロディを演奏するので、普段の三姉妹の合奏ではリリちゃんが突然アドリブやインプロビゼーションで遊びまくるような演奏をしない。だからこそ、リリちゃんが一人のときは羽根を伸ばして自由気ままに自分のやりたい音楽をやれる、みたいな雰囲気をイメージしてます。
しかしながら、演奏を進めていくと2:06で誰も「てててて」を演奏してくれる人がいないことに気付き、その場の思いつきで自分で「てててて」を弾いちゃうんだな。ちょっと悲しい気がするね。かわいいね。

一方でリリカのオリジナル曲はちょっとTwitterにアップロードするタイミングがなかったのと、音楽的にキャッチーなところが(意図的に)ないので部分公開はしませんでした。クロスフェードデモで雰囲気を掴み取ってもらえればと思います(1:00~1:30)。

リリちゃんのオリジナル曲は、『幽霊楽団(リリカソロ)』以上に「コード(和音)で遊ぶ」ことを重視しています

キャラ設定で

「リリカは賢く、態度や行動は3枚先まで計算されている」

とあるのですが、私はこれを音楽的な解釈で、「コード進行(和音進行)で即興で遊びまくって遠隔調に行ってもちゃんと元の調に帰ってこれるぐらいにはめっちゃ頭が切れる」と考えました。なので、彼女のオリジナル曲ではBメロがすごく転調します

しかし裏を返せば、『幽霊楽団』でとにかくさっさとアドリブ演奏をしたがったように、「綺麗なメロディ歌うの楽しい~~!」っていうよりも「コード進行であっちこっち遊びに行くの楽しい~~!」ってのが先に来るタイプで、多分メロディで何か音楽を歌うことにはそんなに興味がないタイプだと解釈してます。
「彼女の演奏は心に響かない」って評されているのも、メロディに歌心がないからとかそういう所以なのかな?
(他にも幽霊の音とかをサンプリングしまくるサンプリングオタクで、一般人にはそれらの音が聴こえないからとか諸説ありますが。だから「幻想の音」ってなんだよって思いつつそっち方面で音楽的掘り下げをするのは今回はやめときました。多分神主的には一過性の古いシンセの音とかのことと同義なんだろうと思うので、多少曲中でシンセ使ったりはしてますけど)。

彼女のオリジナル曲では、メロディは他の二人と比べてそんな大したことを主張していない。こちらも『幽霊楽団』に同じく「さっさとテーマを終わらせて2コーラス目でさっさとアドリブやりてえ~~」って思いながら演奏してる。むしろ「自分がアドリブで遊ぶために自分で作った曲」と言っても過言ではない。

でも、狡賢そうな性格とは裏腹に、「お前の演奏心に響かねえ~」っていうdisられをほのかに心の中で気にしててコンプレックス抱えてたりすると、ちょっと良いよね。かわいい。

デモでは分かりやすいサビの部分しか流れていませんが、イントロなどを中心に、短いフレーズを演奏してそれをシーケンサーに記録してリピートさせてその上にまた別のフレーズや音符を重ねて、といったシーケンサーを活かしてそうな音楽にもしています。

最後に宣伝の宣伝

こんな感じでプリズムリバー三姉妹のソロ、
・『幽霊楽団』のアレンジで3曲
・彼女らのソロによるオリジナル曲イメージで作った楽曲3曲
全部で計6曲作りました。なかなか音楽の方向性や雰囲気も多彩で、彼女ら一人一人の個性的な音楽性がより身近に、且つ具体的に感じられるアルバムになったのではないかと思いますし、今回の創作を通して彼女らの理解が勝手に上がったような気がします

今回制作したCD、『プリズムリバー三姉妹のソロ!』は、以下のイベントで頒布予定です。ホー川さんのジャケット絵が目印です。

『プリズムリバー三姉妹のソロ!』

・2022年10月9日(日)第18東方紅楼夢
  :インテックス大阪 6号館C 【ち01ab

・2022年10月23日(日)第九回博麗神社秋季例大祭
  :東京ビッグサイト 西2ホール 【え01ab

・2022年10月30日(日)M3-2022秋<第50回即売会>
  :東京流通センター 第二展示場2F 【ク-17a

特設サイトはこちら。

またメロンブックスからでもご注文いただけます。

もしご興味があれば聴いてみてください。あなたも三姉妹の個性が身近に感じられるのではないかと思います。

このnote自体が事実上弊サークルの秋の新譜の宣伝みたいなもんですが、最後の曲に宣伝曲があります。
プリズムリバー三姉妹とは直接関係ない宣伝ですが(妖々夢とは少々関係ある)、CDのラストにはボーナストラックとして、
『トワイライトトラベルメリー ~ ヒロシゲは西へ、私の郷愁を乗せて』
という曲を収録しています。

『トワイライトトラベルメリー ~ ヒロシゲは西へ、私の郷愁を乗せて』

原曲:最も澄みわたる空と海
   53ミニッツの青い海
   ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express
   月の妖鳥、化猫の幻
   魔術師メリー
   夢と現の境界
   ネクロファンタジア

「あるテーマ」『卯酉東海道』を掛け合せた10分程度の吹奏楽アレンジ曲で、2022年12月10日(土)に、埼玉県ウェスタ川越で開催の「東方吹奏樂団第八回演奏会」にて初演・生演奏されます。
詳細は、東方吹奏樂団のTwitterにて!

すげーセンチメンタルで不穏でロマンチックな曲を書いたので、是非生の会場で、生の音で聴きに来てください。こういうのは二度目の再演があるか分かりません、というかほぼほぼないのでね……。キテネ!


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