エンタメとしての疑似科学「まえがき」「ホメオパシー」
※本稿は「ゆる学徒ハウス」2次選考の台本を書き直したものです
まえがき
2016年、大手株式会社DeNAが運営していた『ココロとカラダの教科書』を謳うキュレーションサイト、WELQが大炎上した。
「肩こり」の記事で「悪霊が憑いているのかも!?」という荒唐無稽な解説がされているなど、著しく低品質、また間違った記事が多数見つかったのだ。
当然、医療関係者からはバッシングが相次いだ。サイトは閉鎖され、DeNA南場会長が謝罪することとなった。
2019年、ブロガーのはあちゅう氏が紹介した「血液クレンジング」はエセ医療だと批判が集まり、こちらも医療関係者からバッシングされた。
2022年現在も、新型コロナウイルスに効果があるとうたう謎の医薬品の広告や「新型コロナウイルスなど存在しない!」という陰謀論が蔓延っている。
炎上を繰り返しても、なぜ疑似科学は衰退しないのか?
面白いからである。
疑似科学の大半は、ある程度の理科知識があれば「インチキだなあ」と判断できるものだ。
前述の血液クレンジングでは、静脈血にオゾンを作用させて真っ赤になった写真をアップしていたが、そんなもん呼吸の原理を知っていれば無意味なことはわかる。
「この治療法には意味がない」といった論説は世の中に溢れている。しかし、疑似科学を排除できていない。なぜか?
面白くないからである。
疑似科学はものごとを簡潔に説明してくれる。そこには「理解できた!」という喜びがある。
それに対して一般的な科学には勉強が必須、ある程度の物理・化学・生物の知識があって初めて理解できるものだ。まっとうな知識の積み立てではあるがエンタメ性が足りない。
そこで、「疑似科学を本気エンタメとして面白がる」という姿勢で記事を書きたい。
よくある思い付きだとは思うのだが、意外とこのような姿勢の書籍や記事は見当たらない。疑似科学も疑似科学なりの論理の積み上げがあり、それは新興宗教の教義のように、それなりに練られている。
つまり、疑似科学をバカにするためには疑似科学の勉強が必要なのだ。わざわざそんな無駄な時間を使うことはない。一般的には。
しかし、困ったことに僕はバカにされていないものをバカにして面白がりたいという性質がある。
誰もやっていないことだし、社会的意義もある。趣味と実益を兼ねて、やってみようと思う。
(一般的に人をバカにするのは良くないという良識は自分にすらあるが、まあ疑似科学支持者相手だったらどれだけバカにしてもよかろう)
ホメオパシー:概要とその希釈
有名な疑似科学のひとつ。
有効成分を無茶苦茶希釈した水を砂糖玉にしみ込ませて、その砂糖玉(レメディ)を飲むという治療法である。
創始者はドイツの医師サミュエル・ハーネマン。1800年ごろにこの医療方針を打ち出し、著書『医療のオルガノン』はホメオパシー支持者にとっての聖書のようなものだ。
創始者がドイツからフランスへ移住しつつ広めた治療法であり、ヨーロッパの一部地域では一般的に使用されている。
ただし、日本ではホメオパシー治療は異端扱いだ。ホメオパシー支持者によりされるべき予防がされず新生児が死亡するという事故があったため、強烈に排斥されたのだ。
詳細は「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」(リンク先wikipedia)をご確認いただきたい。
そういった事件が起こったのは日本だけではなく、全世界的にホメオパシーを批判する本は腐るほど出版されている。最も有名なのは『代替医療解剖』(著:サイモン・シン)だろう。『フェルマーの最終定理』『暗号解読』などで有名な著者の一作であり、おそらく非医療関係者が読む分には相当面白い。
いち医療関係者としては、「これが真実だ!」と繰り返し述べることにちょっと違和感が・・・エビデンス揃っていないものは医療ではない!と断定されると、漢方薬とかもほぼ排除できる気がする・・・あれ戦後の医師会会長のゴリ押しで保険収載されたけどエビデンス揃ってるかっていうと微妙だよな・・・効くけどあれ経験的に効くこと分かってるだけで二重盲検してねえよな・・・文献情報だけで保険収載とか今から考えるとあり得ないよな・・・
閑話休題。本題に戻ろう・・・。
ホメオパシー(homeopathy)についてもうちょっと詳しく述べよう。
ホメオパシーの"homeo"は同質・同種という意味だ。ある病状を引き起こす成分を水により繰り返し希釈し、砂糖に染み込ませて治療薬「レメディ」とする。このレメディを服用することによって治療される。
単純に言えば、「悪いものをめちゃくちゃ希釈して飲み込むと良くなる」という治療だ。創始者ハーネマンはマラリアの治療薬であるキニーネの原材料、キナの樹皮を摂取しマラリアらしき症状になった経験から、「治療」とは、病気の原因物質を少量取り込むことなんだ!と考えこの治療法にたどり着いたそうだ。
さて、最もよく用いられるのは100倍希釈を30回行ったレメディである。つまりもとの成分は10の60乗希釈されることになる。1那由多倍希釈である。
高校化学で出てくる「アボガドロ定数」を憶えているだろうか。 1モルに含まれる分子・原子の個数は約6.0x10^23個であり、1モルは分子量にグラムをつけた質量に含まれる物質の量である。
酸素O2であれば分子量は32なので、32gぶんの酸素に含まれるO2分子の個数は約6.0x10^23個になる、というやつだ。
(なお、「モル」は2019年に再定義されたため上記の説明は間違っているのだが、面倒になので突っ込まないでほしい)
というわけで、定番のホメオパシーイジりとして、「これだけ薄めてて有効成分残ってるわけなくね??」というものがある。アボガドロ定数をはるかに超える希釈を行っており、現物質は残っていない、こんなもの効くわけがない、ということだ。しかしこれは不適切である。二流のイジリである。(サイモン・シンも二流)
なぜなら、ホメオパシー支持者はレメディについて「物質的な薬効を離れ、非物質的な、精神的な効能になっている。物質が入っていないので副作用がない」と主張するからである。これは『オルガノン』にも書いてあるため、上記のようなイジリをされたところで支持者としては「その通りですが???精神的な効能があるんですが???」と返すだけである。
イジるならレメディのもとになる原成分をイジった方が良い。レメディの原成分としては薬草が多く、そのエキスや煎じたものを水で100倍希釈を繰り返し、砂糖玉に染みこませて製造する。薬草のほかには鉱物や動物の骨など固体が使われることもあり、これは100倍量の砂糖を混ぜながら磨り潰し希釈することを繰り返す。
現成分イジリはサイモン・シンもちょっと行っているが、
レメディによっては、生きたままのトコジラミ(ナンキンムシ)を潰したり、生きたウナギの直腸にサソリを丸ごと入れたりする必要のあるものもある。
―『代替医療解剖』(サイモン・シン) 「ハーネマンによる福音」より引用
たとえばクルミ由来のレメディは、ストレスなど、心に関係する病気にふさわしいとされる。なぜなら、クルミの実は脳に似ているからだ。
―『代替医療解剖』(サイモン・シン) 「ハーネマンによる福音」より引用
この程度である。しかし、ホメオパシーのオモシロレメディはこんなものではない。
たとえば夏バテに効果があるレメディはどうだろうか?
夏バテの原因を希釈して取り込めばよい。では夏バテの原因とは何だろう?太陽光である。つまり太陽の光に当てた水を希釈すればよい。
水を水で薄めるのである。何が何だかである。
電子機器による体調不良は??電子機器を砕いて飲めばよい。
CPUとかを磨り潰したものがよいそうだ。
抑うつや内向的な性格を治すならどうする??
抑圧のイメージを持ったものを希釈すればよい。具体的にはベルリンの壁の破片である。
というわけで、ホメオパシーはほぼ大喜利である。有効成分がどうとかは全く関係なく、ある物質のレメディはその物質から想像されるものの逆の作用を持つのだ。
医療体系ではなく完全にスピリチュアルの体系であり、ありがとうばかやろうという声掛けで結晶の形が変わるという主張をしていた「水からの伝言」に近い。
他にも般若心経のレメディとかX線のレメディとかもある。可能性は無限大である。ビジネス書アレルギーに困っている人にはビジネス書のレメディが良いはずなので、ビジネス書を100時間聞かせた水などが効くのではないだろうか。
Tips: これらのレメディはネットで購入できる。上から"sol" "computeris" "Berlin Wall" というレメディで、検索したらすぐに出てくる
Tips: 詳しい方はなぜ薬機法に引っかからないんだ??と思われるだろう。
カラクリとしては「レメディの販売サイトには効能について一切記載がなく、砂糖玉としか書かれていない」からである。
効能はホメオパス(ホメオパシーの施術者)から口伝で聞くことしかできないため、薬機法違反の証拠が残らない。極めて巧妙でよく練られたスキームが存在する
さて、「爪の垢を煎じて飲む」ということわざがある。ホメオパシー的には希釈した原成分の逆属性が発現するため、悪い人の爪の垢を煎じて飲むべきであろう。
堀元見さんという頭は良いが性格が悪く友達が少ない人がいるので、彼の爪の垢を煎じたもの、つまり風呂の残り湯とかを飲めば良いと思う。頭はちょっと悪くなるかもしれないが、性格は良くなり友達も増える。けっこう幸せになれると思う。
ちなみに、僕は堀元さんほど頭が良くないが同じぐらい性格が悪くて友達も少ない。というわけで、ホメオパシー支持者の方はぜひ僕の風呂の残り湯を買ってほしい。時価にて販売しますのでお気軽にお問い合わせください。
水の記憶
ホメオパシーには「水の記憶」という概念がある。ある物質が希釈により含まれなくなったとしても、水はその物質の記憶を残しているため、希釈した水を治療薬として使えるということである。
これに対するイジリの定番としては、「水が過去の記憶を持っているなら、もともとオレの膀胱にいた記憶あるんじゃないの?オシッコだったころの記憶あるんじゃないの??」みたいなものがある。これも不適切である。二流のイジリである。
『オルガノン』にも「ただ薄めただけではそれは水である」と書いてある。大事なのは摩擦なのだという。
鉄の棒を摩擦すると磁石になる。これは鉄の精神力を引き出している。摩擦は神秘的な力を、物質に隠されていた真の力を引き出す。ということだそうだ。だから摩擦がないとただ薄まるだけで、レメディを作るには攪拌希釈が重要なのだということだ。
摩擦に神秘性が宿るのなら、黒樫の棍棒を擦る時は「真の力を発揮させている!!」と思うべきなのだろう。あれは真の力を発揮させていたのか。確かにそんな気もする。
さて、現在の磁石は電気で磁場を発生させて製造しているが、昔は摩擦により磁場を一方向に固定させて磁石を作っていたらしい。それ以前は雷が落ちた石(磁鉄鉱)を利用していたそうだ。
磁力と言えば思い出されるのが「右ねじの法則」「フレミング左手の法則」だろう。アンペールが右ねじの法則を見つけたのが1820年代であり、ここから電気と磁力の関係について研究が始まったといってもいいだろうが、アンペールが仮にもっと早くこの法則を見つけていればホメオパシーも生まれなかったのではないだろうか????
よく考えると代替医療は磁石を取り上げがちである。「武器軟膏」に対する反論「軟膏を拭うスポンジ」は、「武器に軟膏塗ったところで遠く離れた患者に影響あるわけないだろボケ」というものだったが、
この論文への反論である「軟膏を拭うスポンジを絞り上げる」では、「遠く離れたものが相互作用することはある。方位磁針とか」といった主張を行っていたし、
磁石を近づければ病気が治るメスメリズム(リンク先Wikipedia)というそのまんまな代替医療もある。
つまり、代替医療が流行したのは物理学者が磁石を研究していなかったせいである。磁石は紀元前から使われていたらしいが、なぜ注目してこなかったんだ???
『チ。―地球の運動について― 』のように、物理学に優れた人間が天文学へ挑む作品は多い。でもこいつら目の前の磁石が何で動くのかを気にせずに天文やってたんだよね??何で???気にならなかったの???命かけて天文の研究するよりまず磁石研究した方が良くない???
・・・明後日の方向への八つ当たりが発生してしまった。『チ。』は名作です。
まとめ
・ホメオパシーをイジるなら希釈率じゃない、原材料と摩擦。
・代替医療が流行ったのは物理学者が悪い
参考文献
無茶苦茶面白い。最高。ホメオパシーを題材にしながら「科学と非科学の境界設定」について論じる。
今回はこの本の3行ぐらいを膨らませた。本ラジオが通ったら6時間喋ることにしたい。
『代替医療解剖』サイモン・シンは完全にホメオパシー否定側で、ホメオパシー支持者は全面肯定なので、バランスが取れた書籍が少ない。この本は西洋史の先生が書いており、医学史として極めて面白い。
ここ3年ぐらいに読んだ本のうち断トツで一番面白かった本なのだが、悲しいことに重版されていなさそうだ。2019年出版で2022年に買ったのに初版1刷りだったので・・・。高いしな・・・。でも滅茶苦茶面白かったよ・・・。