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仁政の人〜長州藩士奥平謙輔44〜#創作大賞2024 #オールカテゴリー

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そんな束の間の幸せな一時を過ごす事は、ヨネ子にとっては、ひとすじの流れ星(古語では夜這い星というそうだ)のように感じられた。というのは、ひょっとしたら、謙輔はヨネ子の下(もと)からすうっと消えてしまいそうな予感がしてならなかったからだった。このような、謙輔と一緒に過ごせる時が永遠に続けばいいのに。
常時気丈だったヨネ子は一瞬躊躇したが、この静寂を逃さまい、と
“旦那様、”がばり、と突然に謙輔の所に、赤子がそばにいるにも拘らず、抱きついた。その時であった。さぞや怒られるかと内心覚悟はたしていたが、意外な程に優しく胸元に受け入れられた。謙輔の木綿の小袖の胸元に顔をうずめると、ヨネ子の涼やかな一重の瞳から何か熱いものが流れ落ちていくのが、自分でもわかった。すると、ため息らしき音がヨネ子の頭の上から感じた。“…よね。そなた(ヨネ子)は芯がしっかりとしちょるけ、儂は安堵じゃ。何があっても、よね、ミノや母上らと共にしっかり頼む。そして生きるのじゃぞ。どねえな事になっても、儂らの為に泣いておったらいけん。”などと諭し、力強くぎゅっとヨネ子を抱きしめた。
謙輔という人間は、頗る真面目で、手厳しく、強面の所もあったが、思いのほか、人の言うことによく耳を傾けたり、他者に対して情の深い所があった。思い返せば、1868年佐渡赴任時に、かつて会津藩の恩師秋月悌次郎とのやりとりの場でもそうだったように。謙輔や謙輔が慕って兄事している同じ長州藩士の前原一誠らの考えでは、会津だ長州だ、憎き敵側の藩だ云々とのこだわりは全くなく、敵味方問わず弱者や負けた側に対して寛大な心を持っていたのだ。
声を立てないように謙輔の胸元でうずくまり、こらえて嗚咽しているヨネ子の顔。その姿を見た謙輔は呟くように、ぶっきらぼうに縁側から暗闇の外を見てわざと言った。“もう夜が更けてきておる。明日は早うから、なるべくよう眠っちょけ”。と、ヨネ子の艷やかな髪を撫でながら。
…まどろんでいる内に、辺りはうっすらと夜が明け始めていた。ヨネ子が赤子と共に起き上がると、隣には謙輔の姿はなかった。不安に駆られ、“謙輔様はもしや〜”と思い、辺りを見回すと、 戦の影響だからか、少々壊れかかけていた縁側の所にあぐらをかいて座り朝焼けに染まった空を眺めている。その上、夜着姿などではなく、既に和装の姿で、山川健次郎と小川亮から、会津藩を通して献上された愛刀秋広を帯刀していた。髷はいつか自らいきなり目前で切り落としてしまったが、少しの間に伸びてしまったらしく、再び蓬髪の髷に、鉢巻をしてもいる。しばらくの間空を眺めていたが、ふと誰かの視線に気配を感じると、起きたばかりのヨネ子と長女のミノに顔を向け、珍しくニヤリとした。“おう、もう起きちょったのか”
続く

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この時、謙輔37歳、ヨネ子は22歳、長女のミノは生まれたばかりであった。




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