額縁幻想記 ③ 実体験が元でもヒロインは作者にあらず
『額縁幻想』 執筆裏話
プラネタリウムの謎と飛行機の乗り間違え未遂
ウィーンの街にはプラネタリウムが何ヵ所もあり、大航海時代の星空とか、ガリレオの4衛星といった、星空のロマンを感じさせるプログラムが魅力的。言葉は分からずとも、ぜひ体験したく、まずは旧市街の外れで比較的行きやすそうな「ウラニア天文台」へと足を向けました。
窓口でチケットを購入、中央辺りの席に落ち着き、ほどなくしてスクリーンに映し出されたのは、全体が暗めのトーンの淡々としたドラマでした。山小屋で暮らす仙人のようなおじいさんの日常と、謎めいた小人の妖精の交流といった不思議な物語で、おそらく北欧系の言語にドイツ語の字幕付き。何だか良く分からないけど、やけに凝った内容のプラネタリウムだなあ、と感心しつつも、いつになったら星空が現れるのかな? と観ているうちに……、あれ? 画面が上ではなく、正面にあることに気づいた時は後の祭り。
プラネタリウムでなく、同じ館内の映画館に入場していたのでした。チケットも、ちゃんと映画のチケットで。
何しろ私はウィーンの空港で、「飛行機の乗り間違え」をやらかしそうになったほど間抜けな人間ですので、プラネタリウムと映画館を間違えるくらいは序の口なのです。
「乗り違え未遂」の時は、周囲の女性客が皆、頭を布で覆ってらっしゃる方々で、行き先スウェーデンの北欧系と明らかに違うと気づき不安を覚え、一応、この飛行機はイェーテボリに行きますか? と、隣の女性に尋ねた次第。
違うと聞いた瞬間、慌てたのなんの!
確かに搭乗ゲート通過の際、私のチケットに、ブーッ! と、警告ブザーが反応しましたが、係員も自分も、あら? と首を傾げる程度で気に止めず、素通りしていたのでした。
未遂で済んだものの、実際に乗り間違えていたら一体どこの国に連れて行かれたのかは、今となっては知る由もあらず。
自分は英語すらろくに話せないので言葉も通じず、無銭搭乗及び密入国、はたまたスパイ行為の罪なぞを着せられ、永遠に拘束されていたかも知れません(笑←笑い事ではない)。
しかもその時、手荷物で持ち込んでいた書類は写真のように、何らかの極秘任務を遂行中か(笑)、狂信的な破壊工作を目論んでいる頭のおかしい人? と疑われても仕方ないほど怪しすぎるものでした。
『額縁幻想記』① でもチラリとご紹介した、執筆中の冒険小説『双生の預言者』の資料で、預言にまつわる地図(構想段階と完成版)、ヒエログリフによる暗号書などです。肝心の小説原稿は、元々乗るはずだったスウェーデン行きの飛行機に積まれているので、執筆中の小説という言い訳も、恐らく通用せず。
さほど周囲から大切に思われてなさそうな私。仮に異国の地で行方不明になったとしても、「理想の王子とでも出会って駆け落ちしたか……」と諦めて(or 呆れられ)、誰も探しになど来てくれなかったことでしょう(涙)。
話をスパイ容疑から映画館に戻しましょう。 結局、最後まで良く分からなかったファンタジー映画を見終え、気を取り直してプラネタリウムを探すも、入口が中々見つからず、当日の上映は終了していたこともあり、その日は諦め、後日、プラター公園内にあるプラネタリウムに行くことに。
こちらは以前のウィーン滞在時、プラター遊園地に遊びに行った際に建物を見ているので大丈夫。それでも時間には充分ゆとりを持って、いそいそと出掛けてゆきました。
前回は地下鉄を使いましたので、今度は路面電車にて景色も楽しみながら。プラターは終点ですし、間違えることもないはずです。
それなのに!
終点で降りると、そこにはただ雪野原が広がっているだけではないですか。巨大観覧車は!? プラネタリウムは何処!?
乗り合わせたご婦人に尋ねます。
「ここはどこですか!?」
「あなたはどこに行きたいの?」
「プラターです!」
「ここが、そのプラターですよ」
「でも、大観覧車は? 遊園地は?』
この辺り全体が、市民の憩いの場プラター公園で、遊園地へは、その道を行かれるといいですよ、と彼女は丁寧に教えて下さいました。
枯れた木立以外、何もない雪の道が遥か先まで続くばかり。ゆとりの時間でも、プラネタリウムの上映時刻には到底間に合わないでしょう。
それでも目的の地に向かって黙々と突き進んで行くうちに、いつしか遊園地に入り込んでおりました。冬の平日の昼下がりだったせいか、人の気配が全くなく、半ばゴーストタウン化していて、唯一出会った生命体といえば、リアルメリーゴーランドで静かに待機していた本物のお馬さん方くらい。
大観覧車のふもとに、プラネタリウムの看板を見つけた頃には、時既に遅し。それでも一応、ひなびた建物内に入ってみます。
「もう後半だし、タダでいいから入っちゃいなよ♪」と、親切な係のお兄さんが、遠慮する私を無理やり中に入れて下さいました。
遅刻もまた幸いなり。殆ど観客のいない空間で、今度こそは天井に映し出された素敵な星空をゆったり堪能することができました☆ 終演後、お兄さんにお礼を言うと、ウラニア天文台には行った? と。
行きはしましたが入口を間違えて映画を観る羽目になったと告白すると、彼は「ウラニアはここより設備もいいし」と、全館共通の上映プログラムを下さり、「ウラニアに、絶対行くといいよ!」と、熱心に勧めてくれたのでした。
米 米 米
この内容、『額縁幻想』を真面目にお読み下さった親愛なる読者の皆さまは、あれ? と思われたことでしょう。
額縁三部作の一作目『微笑みの額縁』では、知らずに描いた内容が、知人の旧貴族の館でそっくりそのまま現実化していて仰天した経緯をお伝えしましたが、今回は順序が逆で、自分が体験した間抜けなエピソードを、殆どそっくりそのまま小説に登場させてしまいました。
『額縁幻想』②「偽の配達員」の章で、ヒロインの絵里香がドイツ語が不得手で、現地での生活に中々慣れない様子をリアル体験から描きたく。
違えた箇所は、路面電車を降りて道を尋ねた相手が、年配のご婦人から運転手さんに変更されたことと、プラネタリウムの後半を、現実ではちゃっかり無料で観せてもらったけれど、真面目な絵里香は遠慮したところくらいでしょうか。
よく、貴重な読者の方々から、
「絵里香は、由紀子さんよね!?」、
「この素敵なヒロイン、由紀子さんそのものですね!」
などと言われることがありますが、光栄とはいえ、モチロン違います。登場人物に己の考えや行動パターンを投影したり、自分の体験を転用することはあれど、ヒロインと自分を重ね合わせるほど図々しくはありません(笑)。
やはり実体験が元の 『10分未来のメッセージ』
余談になりますが、SF中短編『10分未来のメッセージ』に、お決まりの執筆秘話がないのは、この物語、SFとサスペンス、恋やインコの部分以外は、80%は実話と言っていいくらいで、あまりに実話過ぎて裏話を公表できないからなのでした。
未読の方々の為に物語を少しだけ紹介しますと、
百貨店の警備員、朝土永汰は、セミを恐れる女性客に声をかけられたのを機に、「10分先の音声を予知する己の能力」に気づき、様々なトラブルに巻き込まれていく。
「セミの君」にも、ほのかな恋心を抱くが、元々はサービスカウンターの「ユリさん」が憧れの存在だった……
このような、ライト感覚のSFです。
「朝土永汰の恋って、物語のその後、どうなるの?」
最近、妹に尋ねられました。
「結局は、元々憧れてたユリさんが永遠の人ってことなんじゃないかな」私が答えると、
「そんな図々しい! あなた人妻なのに、ダメでしょ」と、叱られました。
???
何と妹は、「主人公が好きだった女性(ユリさん)=作者の私」と思い込んでいたのでした。
実の妹が、ですよ。
確かに私は、かつて百貨店のサービスカウンターでバイトをしていたことがあり、主人公である朝土永汰のモデルとされた警備員の青年と、自分との間で実際になされた会話が、劇中では随所で再現されているには違いなく、妹にも話してはいたのですが。
当時の同僚で、お人形さんみたいに可愛いく美人ながらも、キリっと芯のとおった二十歳そこそこの女性がいて、年齢をうんと上に設定しつつも、ユリさんの外見や、しっかりした雰囲気は彼女をモデルにしているし、決して自分ではないのに? 会話や経験が事実だから、イコール作者という図式が出来上がってしまうとは。
それを言うなら危険キャラの「セミの君」も、私そのものになってしまいます。
実は、おバカなエッセイ『かもだち』の舞台として紹介している公園の脇に「セミのなる木」が本当にありまして、私はそこを通る度に……、
と、どんどん脱線してしまいそうなので、その話はここまでに。
実話を元にして、モデルとされた人物がいたとしても、その人の外見や雰囲気、もしくは特殊な状況だけ借用し──必要に応じて本人の承諾も得て──、当時の年齢や、職業、場合によっては性別までも変えてしまうので、基本的には当人が読んでも全く気づかないよう配慮しています。
『10分未来のメッセージ』でも、仮に朝土永汰のモデル氏が読み進めても自分とは全く気づかないはず。
ユリさんの名札のエピソードや、スジャータの話題が出た辺りでようやく、「この会話は!」と、デジャブを覚えるかも知れませんが。
今となっては互いの消息も分かりませんし、本人の目に『10分未来のメッセージ』の物語が触れることも99%ないでしょう。
そして彼が誰であるかも、関係者を含め、永遠に暴露されることもありません。名前はアナグラムで決めましたが、もうファーストネームも忘れてしまいました。そもそも、私がその警備員と時折、あいさつ程度の会話を交わしていたことすら、同僚も上司も知らなかったはずですし。
『10分未来のメッセージ』は、キャラクターのイメージよりも、設定やストーリーが先にあり、私が今回の『額縁三部作』を仕上げる為に、サービスカウンターを辞めて、ウィーンに行くと告げた際、彼が「この先、僕はどうしたらいいんですか?」と泣くフリをして名残惜しんでくれた思い出に、「百貨店で日々退屈していた警備員」のイメージモデルになって頂いただけなのでした。言うまでもないですが、不穏な恋愛感情なども皆無で、お互いに純粋な友情以外の何もありませんでした。
ああ、『10分未来のメッセージ』は実話づくで公表できなかったと言いながら、結局こうして裏腹も告白してしまったではないですか。失礼しました。
余談が本題のようになってしまいましたが、ともかく、実体験をいくら小説に取り入れようと、キャラクターが実名で、本人として登場しない限り、そこに実在の人物は──作者も含めて──存在しないのです。
こうした点については、描き手の常識ともいえる、当たり前のことなのでしょうけれど、時おり誤解を招くことがある為、人様に迷惑をかけないよう、あえてお話した次第です。
音楽物語としての テーマ曲♪
『額縁幻想』では、クラウスや絵里香によって、名曲の数々が弾かれますが、メインテーマは、リャードフの〈プレリュード〉Op.57-1 です。
今回も、ピアニストの 安斎 航 さんが、わざわざ演奏を録音して下さいました。
ラストで、絵里香とクラウスは、少し恥じらいながら〈オルゴール〉の曲に乗ってワルツを舞い、その後クラウスによって奏でられる〈プレリュード〉は、新たに生まれゆく2人の恋の、まさにプレリュードとなりゆきます。
幸せなシーンを思い浮かべながら、安斎さんのピアノをお聴き頂けますと幸いです。もしくは、ダウンロードして頂くと、演奏を聴きながら物語を読むことも可能でしょう。
『微笑みの額縁』& シューマン〈ミニヨン〉
『ハプスブルクの鏡』& ベートーヴェン〈悲愴〉
『額縁幻想』& リャードフ〈プレリュード〉
音楽が大切な役割を果たす3つの物語を、素敵な演奏が添えられる形で発表できて、とても嬉しく思います。noteというありがたき媒体にも、支えて下さる読者の皆さまにも、ピアニストの 安斎 航 さんにも、心から感謝しています。本当にありがとうございます♪
次作品『「お菓子な絵本』
『額縁幻想三部作』続いては、冒険ファンタジーの大長編『お菓子な絵本』が、いよいよ登場します。
詳しくは「目次 & 登場人物」の紹介記事にて。原稿用紙換算 約650枚と長めではありますが、元々は当時小学生だった息子にせがまれて書いた物語ですし、気軽に楽しんで頂けますと嬉しいです♪
いつもありがとうございます。
心からの感謝を込めて・。゜・☆。・゜
Precious Planner
森川 由紀子