「お菓子な絵本」24.憧れの星
24. 憧れの星
限りなく切ない想いで
夜空を見上げた時
その中の星のひとつに
懐かしい輝きを覚えたら
それは 憧れの星
きらめく音が聞こえてきそうな星空だった。
洞窟の抜け道から開けた大地に一歩踏み出し、真秀は圧倒された。
スケールが違いすぎ! 星がこんなにたくさん、こんなに輝いてるなんて。
これだけでも、この世界に来た価値は充分じゃないか 。
夜空の明るさが、岩の上にジャンドゥヤがいることを教えてくれた。広げたマントに仰向けになり、星空に身を委ねているよう。
伝説の英雄が永遠の愛を誓い
異郷を旅する詩人は
愛しい人のまなざしを見いだす
夢見る音楽家は
その輝きに美しい旋律を重ね
冒険物語の主人公が
大海原で希望の進路を定めゆく
真秀に気づいた彼は、体を少しずらした。真秀がその脇にそっと腰を下ろす。
騎士のマントというものは便利なものだな。真秀は思った。夜風から身を守ってくれるし、こうしてシートの役目も果たす。
「母はよく語ってくれた。夜空の星の物語を」
ジャンドゥヤは妙にしんみりしていた。クリスタルの映像が影響を及ぼしているのは明らかだった。
「宇宙に数限りなく星があるように、それぞれの生命体が持つ心も、やはり限りなく存在している。そしてその中に、互いに通じ合い、特別に魅かれ合う共通の心があるのだと」
マドレーヌのことを言ってるのだろうか?
それとも生き別れになった彼の両親のこと?
「この宇宙の中、たったひとつの星に不思議な懐かしさを感じたとしたら、それはどこかで誰かが、その星に対して、似たような気持ちを抱いているからではないかと。
それは遠い過去のことかも知れないし、遙かな未来のことかも知れない」
憧れという共通の心を抱いて
どこかで誰かがきっと
同じ星を見つめている
『憧れの星』だ。真秀は思い出した。
「母さんもそんな詩を書いてたな。父さんがメロディーをつけてピアノで時々弾いたりする。ロマンティックなんだけど、どこか哀しげで……」
ジャンドゥヤは起き上がって、真秀をじっと見つめた。樹々の間からふいにあらわれた月の光が、うっとりと星空を見上げる彼の横顔を照らし出す。
ある種の疑いが、そして期待がジャンドゥヤの胸に広がりつつあった。
もしや彼は……、ひょっとして、もしや……。
「真秀、きみのご両親のこと、話してくれないか」
王子の両親は行方不明なんだ……。真秀は言葉を慎重に選びつつ語った。
「父も母も似た者どうし、はっきり言ってかなり変わってるんだ。ロマンティストで──すごく仲がよくて──、自分たちだけの世界を、生活を、とても大事にしてる。
父はピアニストで……。演奏活動では主にヨーロッパを回ってて、半分くらいは家にいない。そのせいか、二人の回りには無駄な時間はいっさいないって感じ。音楽でも文学でも何でも、好きなものだけで周囲を固めてるんだよね。
だからか、雑誌やテレビ、ネットの情報なんかを何となく見ることもないし、巷の動向、世間の噂話なんかには耳も貸さない。その代わり、ひとたび興味を抱いたり、好き、となると徹底的にのめり込む」
そういう意味では、ぼくもかなり影響を受けてるんだろうな、と真秀は改めて思った。
「幸いながら、両親はぼくを音楽家に育てようとは思わなかった。音楽は好きだけどね。ぼくの価値観は両親が築いてくれたものだけど、将来、どうやって生きてくかは自分次第ってわけさ。音楽家の息子だから音楽の才能があって当然、と周囲は思ってるみたいだけど、それを与えられた才能と思って感謝こそすれ、プレッシャーと感じたりは、したくない」
真秀はジャンドゥヤに向き合った。
「ジャンドゥヤ、あなただって同じだよ。両親を超える必要なんてないんだ。あなたは既に、間違いなくこの世界のヒーローなんだから。
創造者の息子であり、現実世界の人間の血を引く王子であるからこそできることもあれば、黒すぐりみたいに正体を隠して自由に活躍もできる。
でもそれは、ジャンドゥヤ・ブラン、あなたにしかできないこと。
自分の立場を利用するんだ。
与えられた才能を活かして、ご両親が成しえなかったことに挑戦することだって、いくらでもできるはずなんだから」
アンジェリカに何か吹き込まれたな。ジャンドゥヤはそう思いつつも、真秀の言葉を素直に受け入れようと努力した。
両親が成しえなかったこと……。
「父と母が持ち込んだ、きみたちの、いわゆる現実世界の知識のおかげで、このお菓子な世界は、独自の進化を遂げつつある。二人は戦争や環境破壊といった、現実世界における過ちとは無縁の、ユートピアを築こうとしていた」
きみたちの現実世界。
人類の一員としての自分を真秀は恥じ入った。繰り返される悪の歴史から、人類は何を学んでるというのだろう? ここには大量殺りく兵器なんてものは存在しない。人々は自然界と共存し、環境の破壊は極力抑えられている。ユートピアを目指して、世界全体が正しい方向へ導かれようとしている。
「両親はこの世界を創造し、十年間、王と女王として幸せに過ごした。そして突然、何の前触れもなくあちらの世界に帰ってしまった。それが彼らの意思だったとは思いたくない。数ヶ月後にはぼくの弟か、妹が生まれるはずだった。みんなで本当に楽しみにしていたんだ。
やり残したことも、限りなくあったはずなんだ」
時間と空間を超えて
わたしたちの想いは
ひとつの星の輝きとなる
憧れを胸に抱いて、王子は東の夜空を見上げた。
「あれがぼくの憧れの星。向こうでも父や母が同じ星を見ているかも知れない」
そう言いながら、ジャンドゥヤはマドレーヌの面影もその星に重ねているんだろうなと、真秀は思った。彼女も同じ星を見るのだろうか。
「どれ? どの星があなたの星?」
「一番明るい、あの星だ。青く輝きながら昇ってきている」
あれはシリウスだ! 真秀は仰天した。
だってその手前にオリオン座がある! アルデバランにカペラに……、冬のダイヤモンドじゃないか。あわてて全天を見わたす。プレアデスにカシオペア、ペガサス。そしてアンドロメダ! 遙かな隣の銀河が、肉眼でこんなにくっきり見えるなんて!
この時になって初めて、真秀はこの星空がいつも自分が見ているのと同じものだと知った。星がたくさん見えすぎていて、気づかなかったのだ。
「何てことだ……。ここは、地球なのか!?」
あの月は、地球の衛生の、例の月。天空にはっきり流れるあの星の川は、ぼくたちの銀河系、天の川銀河の、天の川。間違いなくここは地球で、太陽系で、銀河系。
どこかまったく別の、異なる次元の世界じゃなかったのか?
この世界は過去、いや、それとも遠い未来の地球の姿なのか? ぼくはタイムスリップしてしまったんだろうか? 季節は初夏らしいのに、まだ宵の口のこの時間に、秋や冬の星座が見えるなんて。
「地球であって、地球上ではないらしい。次元が違うんだ」
「だけど見える星空は同じ。ということは、あの月も、昼間の太陽も、現実世界と同じものなのかな。それじゃあ、もしここからロケットで月に行ったとしたら、向こうの世界の月に行けるかも知れないってこと?」
ジャンドゥヤは微笑んだ。
「それはどうかな。次元がどこで重なり、どこで異なっているのか。第一ここにはロケットなんてありはしないよ」
王子は真秀の目を見据えた。現実世界では、戦争における兵器の開発競争が、科学の発達に少なからず貢献してきた、という恐るべき事実を彼は知っていた。
「宇宙への進出は、自分たちの問題が解決できてからでも遅くはない」
自分がこの世に生きている間に、何ができるか……。
ジャンドゥヤの瞳の奥は静かに燃えていた。
25.「塔にこもるマドレーヌ」に 続く……
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