【記事翻訳】クリエイティブ・エントロピー: フレデリック・ラルーが唱えるEvolutionary Purposeの致命的な問題
今回は、『Work with Source』著者トム・ニクソン(Tom Nixon)による、Evolutionary Purpose(進化する目的)について、より踏み込んだ論考の英語記事の翻訳および解説記事です。(英語記事の初出は2017年1月。原文はこちら↓)
トム・ニクソン(Tom Nixon)とは?
著者であるトム・ニクソンは、フレデリック・ラルーの『Reinventing Organizations(邦訳:ティール組織)』に共鳴している起業家・コーチであり、フレデリックとも対話を重ねてきた人物です。
トムはピーター・カーニック(Peter Koenig)氏の提唱した『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』というコンセプトを、トム自身の経営者としての実際的な視点も踏まえつつ体系的に書籍としてまとめ、『Work with Source』という名で2021年3月に出版しました。
『Work with Source』で紹介されている『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』は、近年では『ティール組織』という組織経営に触れ、探求・実践されている方々の間で、少しずつ話題になりつつある概念であり、2022年10月に邦訳出版も予定されています。
フレデリック自身も『新しい組織におけるリーダーの役割』と題した動画内で、この『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』について言及しています。
以前、私はトムが2015年に書いた、『ティール組織(Reinventing Organizations)』のパラドックスへの言及&フレデリックとの対話記事の翻訳と解説をまとめましたが、
今回は、よりトム・ニクソンという人の、組織に関する視座や洞察が垣間見える記事になったのではないかと感じています。
Source Principleについては、こちらの記事を、
また、直接対話する中でトムから語られる言葉に直接触れてみたい、という方は、以下3つの記事も合わせてご覧いただければ幸いです。
それでは、以下、英文記事『Creative entropy — a killer problem with Laloux’s evolutionary purpose』の内容について、見ていきたいと思います。
クリエイティブ・エントロピー:フレデリック・ラルーが唱えるEvolutionary Purposeの致命的な問題(Creative entropy — a killer problem with Laloux’s evolutionary purpose)
ラルーの著著『Reinventing Organisations(ティール組織)』の中心テーマである「Evolutionary Purpose(進化する目的)」というコンセプトは、深刻な欠陥のある概念モデルです。
この概念が存在しないことを示す説得力のある証拠もあります。また、とにかくこの概念を実行しようとしても、「クリエイティブ・エントロピー(Creative Entropy)」(組織の焦点が徐々に緩むこと:a gradual loosening of an organisation’s focus)をはじめとする大きな欠陥があり、ビッグアイデアを実現するために必要なこととは正反対である可能性があります。
進化する目的とは何か?(What is evolutionary purpose?)
Reinventing Organisationsのwikiから、その意味を紹介します。
ラルーは、これを旧来の指揮統制(command-and-control:私がボスだから目的を指示する)やグループ中心のコンセンサス(consensus:全員が発言し、目的に同意しなければならない)からの次の飛躍として提示しています。
なお、このevolutionary purpose(進化する目的)について、ラルーは、ホラクラシー創設者のブライアン・ロバートソン(Brian Robertson)からインスピレーションを受けています。
本当に進化する目的は存在するのか?(Does evolutionary purpose even exist?)
まず第一に、おそらくこれで十分なのですが、私はevolutionary purpose(進化する目的)が存在するという説得力のある証拠をまだ見たことがありません。
Reinventing Organisationsフォーラムで少し前に行われた、evolutionary purpose(進化する目的)の例を求めるスレッドでは、いわゆる「ティール」組織には、単に「助ける」だけではなく、組織を導く上で中心的な役割を果たす個人(通常は創業者やCEO)がいると指摘されています。
ラルーが本書で強調しているのは、厄介なパラドックスです。
一方では、ティール組織は熱帯雨林のように「一本の木が森全体に責任を負うことはない」真の分散型組織であると信じられていますが、創業者やCEOには「場を保持する(holding the space)」という、果たすべき重要な役割が存在します。
つまり、実際のところは、evolutionary purpose(進化する目的)のドグマ/イデオロギーが示唆するように分散型でもなければ、人間から切り離されているわけでもないのです。
謙虚でビジョナリーなリーダー(Humble, visionary leaders)
私は、ピーター・カーニック(Peter Koenig)が率いる500人以上の起業家や創業者の研究に携わってきました。また、そこで得られた証拠から、この役割は単なるマスターホストやファシリテーター以上のものであると確信しています。
その鍵は、組織よりも一段深いところに目を向け、その代わりに根底にある創造的なイニシアティブに焦点を当てることです。
言い換えれば、アイデアを実現するプロセスです。それは、最初の創業者が最初の一歩を踏み出したときに始まるプロセスです。
そうすることで、その個人が、展開するイニシアティブにおいて、自然で強力な権威(a natural, powerful authority)を持つことになります。
これは、私の同僚であるチャールズが好んで言うように、物語の著者としての権威(authority as in authorship)であり、トップダウンで人を支配するような権限(authority of top-down power-over-people kind)ではありません。
「ティール」に分類される創業者やCEOは、謙虚な人が多く、実際、それが優れたリーダーである理由の一つでもあります。
しかし、『Reinventing Organisations(ティール組織)』に掲載されているどのケーススタディも、ビジョナリーリーダーの物語が息づいています。
また、この本の中で紹介されている、より伝統的な慣習に逆戻りした組織の例では、いずれも創業者やCEOが権限を放棄しています。
本当は何が起こっているのか(What’s really going on)
「ティール」組織を正直に評価すると、独立したエネルギーフィールド(an independent energy field)というよりもはるかに単純で、形而上学的でないものが見つかると思います。
組織とは、それ自身の目的を持った独立した魂や実体ではなく、徐々に現実になりつつあるアイデアの物語なのです。最終的には一人の著者(author)が持っているアイデアなのです。
すべての人を納得させることができないのは分かっています。そこで、今はevolutionary purpose(進化する目的)にチャンスを与え、説得力のある例が今日ないとしても、少なくともそれが可能であると仮定してみましょう。
「ティールになる」(‘go Teal’)ことを試みた多くの創業者やCEOが発見しているように、それは集中力を削ぐため、実際にはうまくいかないのです。
クリエイティブ・エントロピーの問題(The problem of creative entropy)
evolutionary purpose(進化する目的)のパラダイムが採用された組織では、何が入って何が出るかを最終的に決定するのは一人ではないと認識されます。同様に、コンセンサスに依存することもありません。
人々が組織の声に「耳を傾け」、組織を「助ける」ようになると、複数の人々からアドバイスや意見をもらいながら、中央集権されることなく(without centralised control)、新しい取り組みが生まれます。
これは必然的に、私がクリエイティブ・エントロピー(creative entropy)と呼ぶ効果をもたらすもので、時間の経過とともに組織はますます集中力を欠き、より創造的に散逸して(dissapated)いきます。これは避けられないことなのです。
創業者は、自分たちのビジョンを実現するために、賢くて有能な人材を惹きつけると、次第にそのイニシアティブが創造的に希薄になっていく(diluted)のを目の当たりにすることになるのです。
いかにクリエイティブ・エントロピーが展開するか(How creative entropy unfolds)
ティール組織では、面白くて価値のありそうなクールで新しい取り組みは、既存の範囲の境界をほんの少し押し広げるという理由だけで、受け入れられ、サポートされる可能性が高いです。
同時に、組織の集中力を少し削ぐという理由だけで、それ以外の点では盛んな取り組みを中止するよう強く主張することは、はるかに困難なことになります。
したがって、新しい取り組みが始まり、その範囲が広がることが、中止される取り組みよりも多ければ、その帰結として(the net effect)、範囲が広がり、組織が集中力を失うことである。
この問題は、典型的な「ティール」文化が、新しいことを実現したいと願い、そのアイデアを実現するために互いに支え合う、創造的な自己始動型の人々(creative self-starting people)を自然に多く惹きつけるという事実によって、さらに悪化してしまいます。
この効果は、W.L.ゴア&アソシエイツ(W.L. Gore & Associates)では、製品の幅がますます広がったことや、歴史的には工業規模のビスケット製造機や不動産管理など、多様な市場に参入していたセムコ(Semco)に見ることができます。
また、スペインの巨大なモンドラゴン協同組合グループ(Mondragón group of cooperatives)にも見られます。
悪いことばかりではない(It’s not always bad)
クリエイティブ・エントロピー(creative entropy)は、必ずしも悪いことではありません。
ゴア(Gore)、セムコ(Semco)、モンドラゴン(Mondragón)では、この範囲の緩やかな拡大が統合的なビジョンの不可欠な要素となっています。
ウィリアム・ゴア(William Gore)は発明家が成功するための究極の環境づくりを目指し、リカルド・セムラー(Ricardo Semler)は従業員を自由にし(そして自分も「7日間の週末」を楽しむ)、アリズメンディ(Arizmendi)はバスク地方の一部で活気あるワーキングコミュニティを作るためにモンドラゴンを設立しました。いずれも、集中力を高めるための取り組みではなかったのです。
しかし、evolutionary purpose(進化する目的)を採用することが決定された場合、指数関数的な多様性は必要ないのかもしれません。多くの製品は、規模が拡大しても、シンプルさと集中力が必要です。
「ノー」と言うことは不可欠な規律であり、そのためには「ノー」と言う権限と「ストップ」と言う権限を明確にする必要があります。
その結果、幸せで、多様性に富み、利益を生み出す従業員が、さまざまな面白いことをするようになるかもしれません。それがビジョンであれば素晴らしいことですが、そうでないかもしれないのです。
クリエイティブ・エントロピーの抑制(Stopping creative entropy)
ティール組織では、クリエイティブ・エントロピー(creative entropy)を非公式に抑制するのは、ビジョン保持者(vision holder)個人かもしれません。
彼は、公式な管理権を行使することはほとんどないものの、自分自身の言動によって明確さと焦点を作り出します。彼らは「アドバイス」をすることもありますが、その言葉の表面下には、より深い権威(deeper authority)があります。
彼らは、たとえその力が明示されていなくても、他の人が持っていないイニシアティブの範囲を管理する力を持っているのです。
同様に、もし「ティール」組織でクリエイティブ・エントロピー(creative entropy)が手に負えなくなった場合、理論的には誰でもこのことに気づき、イニシアティブを焦点に戻すためのサポートを構築するプロセスを始めることができます。
しかし、このような変化を起こすには、非公式な影響力を行使して支援を得たり、自分のイニシアティブを放棄したくないという個人の自然な抵抗を克服したりすることが必要です。
これを実現できるのは、個人のビジョン保持者(vision holder)、つまり創業者や、ビジョン保持者(vision holder)の役割を継承してきた人たち(successor)でしょう。
自然な権威を認めること(Acknowledging natural authority)
もしこのような自然な権威が存在するならば、私はそう信じていますが、それは明確に認められるべきです。
つまり、組織は「独立したエネルギーフィールド(‘an independent energy field’)」であるという幻想から脱却し、本当は人と人とのつながりであるという考え方に落ち着くことです。
では、次はどうするのか?(So what’s next?)
もし、evolutionary purpose(進化する目的)が答えでないとしても、私たちは指揮統制(command-and-control)、そして合意主導(consensus-driven)のアプローチを超越することができます。
重要なのは、組織が独立した存在であるという考えを軽く持ち、その代わりにそこにいる人々の創造的なニーズに焦点を当てることです。そのためには、創業者やその後継者の創造的なニーズ、つまりビジョン保持者(vision holder)という個人の役割からスタートする必要があるのです。
多くのティールファンは、集団で持つビジョンではなく、個人のビジョンホルダーという考え方に恐怖を覚えます。
これは、彼らが無意識の内に(個人、グループ、コネクションの巧みなブレンドではなく)過度にグループ中心的なバイアスを持つ考え方に固執しているためかもしれません。
フレデリック・ラルー自身は、彼の信奉者の多くよりも、個人のビジョン保持者(vision holder)の役割をよく理解しています。
少し前の私とのやりとりの中で、彼はこう言っています。
これらのことから、最も先進的な取り組みであっても、全体的な方向性を導くためのパラダイムとして「evolutionary purpose(進化する目的)」から脱却する時期が来ていることが分かります。
組織は「独立したエネルギー・フィールド(‘independent energy fields’)」であるという迷信に見切りをつけ、代わりに自然で人間的な権威(natural, human, authority)を認めようではありませんか。
それは、創業者から始まり、誰もが完全に創造的になる機会を与えるイニシアティブを通じて、連鎖していくのです。
2022年、夏。トム・ニクソン来日とパーパス(Purpose)に関する議論の発展
以上、2017年時点のトムのEvolutionary Purposeおよび組織に関する見解について見てきました。
ここからは、今年2022年時点のパーパス、および組織に関する捉え方についてついて見ていきたいと思います。
2022年10月に『Work with Source』邦訳本出版を控えたトムは、2022年8月に来日し、日本各地を廻りながら『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』の紹介を行うこととなりました。
(その中で、私の拠点である伊賀にも訪れ、家族や田んぼに関するソースの継承の対話や、自然の営みと人が共に形づくる循環畑づくり体験を共にすることができました。)
そして、この旅をきっかけに、トムやピーター・カーニック氏(Peter Koenig:Source Principle提唱者)による、パーパス(Purpose)に関する考え方が日本語でシェアされることも増えてきました。
先述のクリエイティブ・エントロピー(Creative Entropy)に関する記事も初出は2017年のため、トム自身のパーパス(Purpose)に関する捉え方も、もしかしたらアップデートがあったかもしれません。
以下、公開ウェビナーや対話の中でパーパス(Purpose)に語られた箇所について、3つの投稿を紹介します。
「組織」はなぜ幻想だと言えるのか?
改めて、「組織」はなぜ幻想だと言えるのか?という問いは、上述の公開ウェビナーの中で出てきた問いです。
この問いについて、トムは以下のように回答しています。
🍂ソース・プリンシプルの深淵(続)〜「ミッション、ビジョン、パーパスの違い」&「ティール組織との違い」〜🍂
続いては、『実務でつかむ!ティール組織』の著者であり、『JUNKAN』というキーワードで自然と人との関わりを紐解き、組織運営・経営に活かす循環経営の実践家でもある吉原史郎さん(JUNKANグローバル探究コミュニティ)とトムとの対話が記事化された投稿です。
🍂ピーターやトムから学ぶ ソース・プリンシプルの深淵🍂
続いては、『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』の提唱者であるピーターと吉原史郎さんとの対話を記事化した投稿です。
さらなるSource Principle探究への参考文献
2022年8月現在、『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』について体系化された書籍は邦訳されておらず(今年10月に邦訳出版予定)、
現在、私の知る範囲では、国内における『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』探究の入り口づくりを行っているイニシアティブは、大きく2つです。
1つは、『ティール組織』解説者・嘉村賢州が参加し、また、『Work with Source』の邦訳出版プロジェクトを推進している『令三社』。
もう一つは、前述の吉原史郎さんもいらっしゃる、「自然の畑」からの学びを組織経営に活かす『JUNKANグローバル探究コミュニティ』。
大きく上記2つの流れが、『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』探求の窓口になっているように思われます。
また、私自身も微力ながら、トムやピーターとの対話を少しずつ重ねつつ、彼らのエッセンスを大切に伝えるべく、国内外の情報を主に記事にまとめる形で『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』について発信を行っています。
私自身、『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』に出会って以来、それ以前とはまったく異なった人生の旅路を歩むこととなりました。
このことに対する感謝と感動は、筆舌に尽くしがたいものです。今後もまた、その可能性について発信を続けていこうと考えています。
もし、『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』に新たに興味が出てきましたら、どこかでご一緒できれば幸いです。