
【タイ|オンボロバス紀行②】メーホンソンは夢の中
前日に予約したチェンマイまでの片道航空券。バックパックを背負って、オンボロバスでタイの面白そうな町を回ろう。そして、仕事が始まる前にバンコクに帰ってこよう。ルールはそれだけ。カタコトのタイ語を頼りに、わたしと夫の年末年始旅行が始まった!
前回のあらすじ
「ゲ◯の道」を恐れたわたしは陸路を諦め、金に物を言わせて飛行機でメーホンソンに向かった。
※前回はこちら
2日目(つづき)
メーホンソンに到着

メーホンソン(メーホンソーンとも書くが、今回は英語の発音に合わせよう)の空港に到着したわたしたちは、ゲストハウスまでの足を探していた。どうやらGrabは捕まらないようで、空港だと言うのにタクシーも見当たらない。するとトゥクトゥクの運転手が声をかけてきた。
空港や観光地で声をかけてくるトゥクトゥクにはほぼ確実にボられる、というのがタイ(というか東南アジア)のセオリーなのだが、これ以外に行き様がないのだから仕方ない。歩いて行けないこともないのだが、荷物が重い。そう、わたしは温室育ちの旅人なのだ。(いばるな!)
トゥクトゥクの運転手にゲストハウスの名前を伝えると、100バーツだと言う(金額はうろ覚えなのだが、確かそれぐらいだった気がする)。この100バーツというのは一人当たりの金額か、それともわたしたち夫婦二人分の合計金額かと問うと、「何人乗っても料金は同じ」とのこと。なんだ良心的じゃないか。わたしたちはほいほいとトゥクトゥクに乗り込んだ。
このトゥクトゥクはボッタクリではなかったが(もしかしたら少し多めかもしれないけれど……神のみぞ知る)、旅行先のボッタクリ運ちゃんに関して少し話そう。
わたしも夫も、学生の頃は金額交渉をもっとアグレッシブにしていた。たかが数百円だとしても、少しでもボったくられるとどうも気持ちが晴れなかった。
お金に大幅な余裕ができたわけではないけれど、自分たちで食べていけるようになってしばらくして、「交渉に使う時間やエネルギーを、お金で解消できるのならまあ良いか」と折れるようになってしまった。生粋のバックパッカーなら、「この金額を譲らないなら歩くから降ろせ」なんて、強い意志で交渉に挑むだろうが、残念ながら、わたしの魂にはそんな熱量はもう残っていない。わたしが多く払った数百円で、おっちゃんがガパオライスをおいしく食べてくれたら幸せじゃないか。
以前、友人から「ボッタクリ価格を受け入れることは、悪しきボッタクリサイクルの一端を担うことになる」と指摘を受けたことがある。彼女はバックパッカーではないが、ローカル住民と同じ価格でないとタクシーは乗りたくないらしい。彼女の意見も一理ある。わたしは悪者なのか……。うーん。さすがに何千円も上乗せされたら口を出すと思うが、旅先の数百円ならばまあ良しとしてくれ。
爺との出会い
ゲストハウスに着くと、フロントの腰の曲がった小さなおじいさんが、手作りの地図で町の案内をしてくれた。白紙に鉛筆で描いただけの、シンプルな地図。何回もコピーされて、ところどころ文字が潰れている。

今まで目にしたどんな地図よりも尊いと思った。わたしはこの地図を「爺の地図」と呼ぶことに決めた。
爺は、これまた曲がった人差し指で「爺の地図」を丁寧になぞりながら、「ナイトマーケットへはこっちの方向に何メートル」「朝市へはこっちの方向に何メートル」と、ひとつひとつの観光地を丁寧に説明した。わたしは、彼の言葉を一言一句聞き逃さないように耳を傾けて、うんうん、と一生懸命うなずいた。
地図の説明を終えると、「部屋を案内するね」、と爺が外に出てきた。爺の体は、カウンター越しで見ていたよりも更に一回り小さく見えた。そのゆっくりな歩幅を抜かさないように、部屋まで歩く。部屋の説明のあとに「おひねり」を渡したが、爺は「要らないよ」、と笑顔で断った。
ワット・プラタート・ドイ・コンムー
「爺の地図」に書かれていた、山の上にあるお寺「ワット・プラタート・ドイ・コンムー」に行ってみることにした。
「夕焼けが綺麗だから日没に行くと良い」という爺のアドバイスをもらっておきながら、疲労でベッドに溶けてしまい、出発が少し遅れてしまった。外に出ると、バンコクとは様式の異なったお寺が目に留まった。

とんでもない小さな町に来てしまった。観光客らしき人は一人もおらず、歩道は空っぽである。道路には時折バイクが通る程度だった。
そして、ワット・プラタート・ドイ・コンムーへ行く入り口に着いたわたしたちは絶句した……。


な、なんやこの急な階段は……!!!!
想像していたよりも何億倍も険しい階段があるではないか。しかも心細いことに、周りには人っ子ひとりいない。
ぴーぴー弱音を吐きながら、それでもせっかくここまで来たんだからと、一段ずつなんとか歩みを進めていくわたし。対してスイスイと登っていく夫。


登っているうちに日も暮れてきて、街灯がいくつか点き始めた。太陽が落ちて空が暗くなると、どうしてこんなに心細くなるのだろう。
階段は森に囲まれている。木々が揺れる音がする度、野犬がいるんじゃないかとか、蛇がいるんじゃないかとか、嫌な予感が胸をよぎった。それを動物たちに勘付かれないように、気持ちをどうにか足元に集中させる。
そんなことを繰り返しているうちに、突然カラフルな明かりが目の前に現れた。

やっとお寺に着いたかと思いきや、最後にまた急な階段地獄。しかし、色とりどりのランタンで囲われたその階段は、地獄というより天国への花道のように思えた。


ついに最後の階段を登り終えると、そこには夢の世界が広がっていた……!

こんなに小さな田舎町の人気(ひとけ)のない山の中に、突如として理想郷が出現したのである。
お寺まで来ると、流石に人がちらほらいた。海外からと思われる観光客が4人と、お坊さんたちと、たった今大学を卒業したと思われる、黒いガウンを着て、卒業証書らしき物を持った若者とその家族。
驚くことに、お寺の敷地内の地面は、砂浜のように白くてサラサラした砂で埋め尽くされていた。これは本当に現実なのか?

仏塔の周りに祀られている大仏には全て曜日が書かれており、自分の「誕生曜日」の仏様にお参りをするシステムになっていた。
タイの人は自分の生まれた曜日を大事にしていて、日本で言う血液型占いみたいな感じで「曜日ごとのイメージ」があったり、曜日ごとのラッキーカラーが決められている。

わたしの誕生曜日は土曜日。お参りを済ませ、山を降りる。下山は上りの何倍も楽だった。
このお寺を訪れてからもう二週間ほどが経つが、未だに「あれは夢だったのではないか」と思うほど、思い出の輪郭がふわふわしている。それだけ現実離れした不思議な光景だった。
昼は昼でまた違った美しさがあるのかもしれないけれど、ぜひ夕暮れ時に訪れて欲しいスポットである。(但し日が暮れると山道が暗くなるので注意。)
ナイトマーケット
下山したわたしたちは、「爺の地図」を頼りに、メーホンソンのメインエリアに行ってみることにした。

ジョンカム池という池の周りに、お寺やナイトマーケットが並んでいる。こぢんまりしたエリアだが、向こう岸に見えるお寺はライトアップされていて美しい。

ナイトマーケットは小規模だが、串焼きやデザート、おもちゃなど、様々なものが売られていた。

小さい町の割には人出がそれなりにある。昼間はあまり人を見かけなかったので、「なーんだみんなここにいたのかあ」と嬉しくなった。



池のほとりのお寺にも行ってみた。日本のお寺は夜になると何かが出そうで怖いけど、タイのお寺はピカピカなので全然怖くない。

こんな小さな町でも、ピカピカのお寺があって、ナイトマーケットがあって、ホリデーシーズンにはイルミネーションが設置される。お祝い事に真面目なタイの素敵なところだと思う。
静かで、山に囲まれていて、夢の中みたいなお寺がある。それがメーホンソン。
ゲストハウスに戻ったわたしたちは、「夜は犬が来て持っていっちゃうから、部屋の中に靴をしまってね」という爺の警告に従い、しっかりと靴を部屋の中に入れ、眠りについた。
さて、明日はこの町から少し離れて、川を渡った先にある首長族の住む村を訪れる。
【つづく】