伊勢市クリエイターズワーケーション一日目 ~元伊勢・三輪山より伊勢へ
伊勢から帰ってきてから二ヶ月。
いつの間にか年が明けてしまった。
緊急事態宣言下、伊勢が遠い。
どこまでも広い空が、明るい日差しが恋しい。
「伊勢どうだった?」
「伊勢クリエイターズワーケーションって、どうだった?」と聞かれると、
「いや、もう本当に、すごく良かったです」と秒で答える。
ただ
「どう良かった? どこが良かった?」と聞かれると、
「いやだから… すごくいいところで…」という返事になり、
「だから、どこが?」という問いには、正直すぐに答えが見つけられなかったりする。
本当に、びっくりするくらい良かったんだって。
ただ、伊勢の良さは、何日か逗留して、ここの空気に身体が馴染んでからでないとわからないかも知れない。
折角のご縁で頂いたこの旅を、日記形式で振り返って行きたいと思う。
日記、めっちゃ苦手だけど。
どのくらい苦手かというと、宿題で出た夏休みの日記のようなものは大抵提出期限の一週間遅れで、適当に一日飛ばしで書いて出した位苦手だ。
(正確に言えば、先生の怒りをガン無視して出さないこともあったが、今回はそういうわけにもいかない。私にもこのクリエイターズ・ワーケーションでお世話になった方々への責任感というものがある。ただでさえ2ヶ月も遅れているのだ)
◯一日目(11/12)
東京発~大神神社~伊勢市
何故都から遠い伊勢の地に、日本で最も尊いとされる天照大神が祀られているのか。
ざっくりいうと、今から約二千年前、天照大神を鎮座するのにどの地がよいかということを、大神の御杖代(神様の代理人だと思って下さい)である倭姫が諸国を旅し伊勢に入ったとき、
「ここが気に入ったので居続けたい」
とご託宣を受けたので、伊勢にお祀りすることになった、ということらしい。
「気に入ったので」
簡単だなぁ。
いいところだから。
引っ越しの基本だ。
実家を出てから11回引っ越しをしている。引っ越し大好き。女北斎と呼ばれるのが夢だ。近頃は家を決めるスピードがずいぶん早くなった。
家選びのコツは、便利だから、条件が合うから、と言って決めた家よりも、
「気に入った」
と感じた家を選ぶこと。
その方がいい事が起こりやすい。
女性の神様が女性に頼み自ら祀る場所を選ぶことから伊勢の起源が始まる。
そこへ訪れるのが女の噺家。
何だか縁起がいいじゃないか。
伊勢に着いたのは夜だった。
がらんとした伊勢市駅。観光地なのに?
呆然としていると、伊勢市役所、クリエイターズワーケーションの担当立花さんが迎えに来て下さる。
(これは最終日、もっと仲良くなってからの写真です)
え?! 立花さん、わ、若い!
お電話で話している時、とてもいい声でいらしたので、50代くらいのおじさまを想像しておりました。
このワーケーションは、自分よりずっとお若い方々のお力で支えられているのだなぁ、と心の中で頭を下げ、ホテルまで送って頂く。
駅前に外宮参道へ続く大鳥居。人影はなし。
静謐。少し怖いかな。
旅人を出迎えてくれるように、清酒「道灌」の看板が夜に浮かぶ。
『特に伊勢とは関係ないと思うんですけどね』
まぁ、道灌は噺家にとって身内みたいなものだ。正直嬉しい。
へとへとで倒れそうだったが、這うように近くの居酒屋へ。
あまりの疲れにメニューが頭に入ってこない。
ん…
「牡蠣食べ比べ」‼️‼️‼️
牡蠣、牡蠣‼️ そうだ、伊勢と言えば牡蠣‼️
食べ比べで、同じ牡蠣を、生、焼き、蒸し、どんな方法でも食べられるそうだ。
『伊勢の牡蠣は特別な育て方をしているのであたらないんですよ』
有り難い。牡蠣大好き。冬になると、もう毎日と言っても良いほど牡蠣を食べたいと思っているけど、あたるのが怖くて仕事が四日連続休みの時しか食べられないのだ。
この旅の間は、食べられるだけの牡蠣を食べよう、と固く決意する。
(どんな決意だ。そして私はこの決意に忠実に過ごした)
みずみずしい生牡蠣に「猿田彦」という四日市の酒。酸味と甘味があって、お燗にすればよかったかな。
明日は早起きして外宮に行こう。伊勢うどんも食べたいし、何といっても日本三代遊廓の一つ、古市も楽しみだ…と思っているうちに爆睡。
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❮伊勢への道のり❯
旅の最初の一枚。
何しろめっちゃ早い新幹線に乗らなくてはならず、朝四時起きした。どちらかと言えば寝る時間に近い。
(こんなに早起きしたのに、何故伊勢には夜着いたのか。答えはこのあと)
これは癖だが、私はいつもいつでも「お腹が空くのが怖い」。
馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけれど、子供の頃からずっと、お腹が空き切ると文字通り動くことも考えることもできなくなってしまうので、その前には確実に何か口に入れないと…と日々考えながら過ごしている。
きっと前世は餓鬼だったんだろう。
前座の頃から持ち歩いている三種の神器、野菜ジュースと裂けるチーズとゆで卵を持って乗り込んだけど、これからの行程の事を考えると心もとない。伊勢に着くまでどのタイミングでご飯を食べられるか全くわからない。
(大げさだが常にそのくらいの緊張感で生きているのは本当だ)
京都駅で551の店舗が開くまさにその瞬間に出くわした時には「神は私をお見捨てにならなかった…」と世の中全てが光に包まれるような気がした。
いや、神様に会いに行くのはこれからだ。
私がこんなに早起きした理由。それは奈良県の三輪山へ登拝するためだ。
(伊勢ワーケーション関係者の皆様、本当にごめんなさい!)
いや解ってますよ、「伊勢じゃねえのかよ‼」という総ツッコミが聞こえてきそうなことくらい。
だけど私には、どうしても三輪山、大神神社にいかなければならない事情があった。
噺家になる前の事、踊りを教えて頂いていた榊まい師匠の下で「鎮花の舞」という巫女舞を習っていた。
まい師匠は毎年11/3にその舞を大神神社に奉納していて、私も一度巫女として舞わせて頂いた事がある。
榊まい師匠との一葉。
2011/11/3の写真だ。入門する7ヵ月前。
私、顔長いなぁ~。
この時に「噺家になれますように」とお願いして、翌年2012年6月に、師匠に入門させて頂く事になる。
噺家になってから、一度も三輪山にはお詣りする機会がなかった。
「三遊亭遊かり」という名前で伊勢に伺うのに、三輪を通り過ぎて行くのは、あまりにも申し訳なくて…(めちゃくちゃ私情ですが)
ただ、この三輪山というのは
「元伊勢」
なんですね。
倭姫が、天照大神を祀るのはどこがよいか、探して歩いた地を、元伊勢と呼び、最初に訪れたのが三輪山なのだ。
(元伊勢と呼ばれる土地は全部で15程ある)
つまり三輪山に登拝してから伊勢に入れば、倭姫と同じ足跡を通ることになる❗️
いささかこじつけ気味ですが、こうして伊勢に入る前に、三輪山に登ることに決めたのでした。
早起きした理由は、コロナ禍で密を避けるため、入山時間が、12時迄になっていたから。
入山口に着いたのは11時45分。ぎりぎり、ぎりぎりだ。
入門前に三度、三輪山には登拝していた。お師匠さん達と二度、ひとりで一度。往復で二時間半くらい。
「登拝」という言葉はあまり耳慣れないかも知れない。
三輪山は山がご神体である。歩いて頂上まで登ることが参拝となるため、大神神社には拝殿があるだけで本殿がない。
(東京三輪分祠の方々は“お山をする”という言い方をされていた)
初めて登る時に
『山の気を直接受けられるように裸足で登るといい』
と言われた。裸足ですか?!
山道は掃き浄められているから痛くないのよ、と言われて、そうなのかしら…と靴と靴下を脱いで歩き出したら、一瞬で激痛が襲ってきた事を思い出す。
そりゃそうだ。現代人にとっては、裸足はもはや苦行。
歩いている間中、凄腕の強烈足ツボマッサージを受けているようなものだ。
だけどすごい事には、だんだん足の裏が勝手に、歩きやすい地面を探すようになる。少し湿った土の上、枯れ葉の溜まり、平たい石の上。段々早く歩けるようになり、降りる頃には足から全身ぽかぽかしてきて、これぞ御利益!有難い!!という心持ちになったのを覚えている。
ただ。
前回の登拝から丸9年が経っている。噺家になって以来、一切の肉体トレーニングから遠ざかっていた私に登れるのか?!
迷ったあげく裸足になり、登山口で大きな樫の杖を借りる。これが大正解だった。“杖にすがって歩く”のを生まれて初めて体験した。捕まるものがない時でも、杖に体重をかけて登ればいいのだ。第三の足。お若い方も、騙されたと思ってやってみてほしい。本当、杖最高。山登りの恋人だ。あんまり杖に頼っていたので、降りた時には手にうっすらマメができていた。
これも、初めての事だった。
入山時間に制限を設けてあるとはいえ、沢山の人とすれ違う。学生旅行のような女子四人組は、お喋りが止まらない。お遍路さんのようにしっかりと装束をつけたご夫婦、明るい登山ルックのお姐さま方、仲の良さそうなカップル、登るリズムが合わない親子連れはちょっと機嫌が悪そう。
裸足なのと、10年ぶりなのと、万が一捻挫をしたら正座ができなくなるので、私はおっかなびっくりだ。どんどん抜かれていく。ただ、昔取った杵柄、道はわかっているので途中で抜き返す。
登拝中の写真はご法度なので写真は一枚もない。
頂上の奥津磐座(おきついわくら)は静かだった。
ただただ、空気が澄んで心が落ち着く。
順番に神様に手を合わせる。
有難い。ここまで裸足で登って来られて怪我一つなかった。
覚えている途中の噺の台本と扇子、足袋を磐座の前に置いてお礼を申し上げた。
“その節は誠に有り難うございました。
おかげさまで今は、三遊亭遊かりと申します
どうぞよろしくお願い申し上げます”
どすん、と音がした。
私のすぐ後に上がって来られた女性が倒れた。眩暈がしたらしい。
脇で休んでいた装束の方がすぐに「ご神水」のペットボトルを、まだ空けてないから、と分けて下さった。私はウエットテイッシュを差し出し、関西弁の賑やかなお姐さまがきびきびと介抱する。
いつの間にか、そこにいる皆が、一団になっていた。そしてその女性が無事なのを確認すると、また個々に下山して行く。
“袖振り合うも多生の縁”
「たらちね」を口の中で繰りながら山を降りた。
大神神社を後にしたのは15時過ぎ。
この鳥居の無骨さが昔から好きだ。
後で知ることだが、同じ白木で作ってあっても、伊勢の鳥居とは趣が違う。
伊勢へ向かう電車の中で、夕陽が薄の原に照り映え、その中に神社がぽつんぽつんと浮かぶのを眺める。
荒々しく、美しい。こんなに神々しい景色を旅の始めに見たら、明日からの風景が殺風景に見えるのではないだろうか。久しぶりの山登りでぼ~っとした頭に一抹の不安が浮かぶ。
勿論次の朝、伊勢で、その不安が全く的外れだった事を知るのだが。
やっとここまで来た。
さぁ、やっとこれから伊勢の日々をみっちり書いて行くぞ‼️
何てったってまだ一日目(笑)
三輪山登拝について詳しくは、大神神社のHPをお読みくださいませ。http://oomiwa.or.jp/jinja/miwayama/tohai/