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一冊のノートが私の大切なものに
ニュージーランドに住んでいた頃、私は語学学校に通っていた。
日本にいる頃から英語のスピーキング力にはある程度の自信はあった。しかし現地について1か月も経たないうちにその自信は奪われた。
私は英語力をつけるために6カ月間と決めて語学学校に通うことにした。「話せるようになって、友達をたくさん作る!」自分にそう誓った。
クラスは4クラスあるうちの上から2番目。何人のクラスなのか、どんな人たちがクラスメイトなのか全くわからないまま初日を迎えた。
当時は恥ずかしがり屋でなるべく目立ちたくない、そんな性格の持ち主だった私。緊張で教室のドアを掴んだ手に大量の汗をかいていた。
私の緊張をほぐすかのように「はじめまして Yukari!」 そう言って大きなハグで迎えてくれたのは、担任の先生だった。
席について周りを見渡すと日本人は私だけ。アジア、南米、ヨーロッパと国際色豊かなクラスだった。
「はじめまして!どこの国から来たの?」 そう言って最初に話しかけてくれたのは、隣の席のブラジル人の女の子だった。彼女はニュージーランドで働くために来たようだ。
お互いの自己紹介タイムが始まり、クラスメイト15人全員と簡単な自己紹介をし合ううちに、緊張もほぐれていくのがわかった。
それから毎日朝9時~午後3時まで机に向かう日々が始まった。鉛筆をこんなに長時間持ったのは受験生のとき以来だった。
2か月程経ったある日、担任の先生から職員室に来てほしいと言われた。「何か叱られるようなことをやらかしたかな?」職員室に向かう私の足取りはまるで数十キロの重りがついているかのようだった。
「Yukariは明日から上のクラスに参加してください」 先生が放った人ことに私は身体の力がストンと抜けるのを感じた。1番上のクラスに行けることになったのだ。そこには口が耳に届いてしまうくらいの笑顔になっている私がいた。努力したことが形となったことがこの上ない喜びだった。
次の日から私は新しいクラスの一員となった。クラスが上がったということに少し得意になっていた私に2度目の、自信が奪われる時が訪れた。今までいたクラスの授業より格段に難しくなっていたのだ。
「先生..なんでこんなに難しいクラスに入れたの」私は心でそう叫んだ。初日から授業についていくことができず、その日は学校に入学してから1番暗い顔をしていた。
2週間経っても授業についていけない。下のクラスにいたときの、目を輝かせながら授業を受けていた私はどこへいったのだろう。上のクラスに入ってからというものまるで無表情のお面をかぶったかのように、私から笑顔は消えていた。
クラスメイトはどんどんレベルアップしていくのに私だけ置いてきぼりになっていくことが本当に悔しかった。学校を辞めたくなった。
しかし6カ月間通うと決めた私。最後までやりきるという固い決意もあった。
どうにか授業についていけるようになりたいと、先生に相談することにした。そこでの先生からのプレゼントが私のスクールライフの転機となった。
「どうしたの?」 今にも泣きだしそうな私に先生は驚いたことだろう。授業についていけなくて悔しい、逃げ出したい、すべての感情をぶつけた。
先生は日本語が話せないのでもちろん英語で。英語で伝えられるか不安だったが、「人間本気を出せば何でもできる」これは本当だった。
すべてを吐き出したときの私の顔はポケットティッシュすべてを使い切るほどの涙でくしゃくしゃになっていた。
「日記を書いてみて。そして毎日私に見せにきて」そう言って私に差し出したのは1冊のノートだった。どこにでも売っているこの1冊のノートは私の救世主となった。
最初のうちは1行埋めるのも苦労した。どんな単語を使えばいいのか、どう表現すればいいのか。数行書き終えるのに数十分かかったこともある。
先生は私の日記に真摯に向き合ってくれた。間違いを正すだけでなく、ネイティブならどう表現するか。この文章にはこの単語を使うと良い。など先生と私だけの授業がこのノートで繰り広げられた。
日記を書けば書くほど新しい表現を覚えることができ、覚えた表現で友人と会話をしてみる。ライティング力も上がるスピーキング力もあがる。一石二鳥だ。
数か月経ったころには1ページを埋めることも難なくできるようになった。学校を卒業するまで先生との日記のやり取りは続き、そのころには私の英語力は急激に伸びていた。
この1冊のノートのおかげで勉強することが好きになった。友人との会話が「楽しい」と感じるようになった。
このノートは今でも大切に保管している。何かを頑張らなくてはいけないような時、このノートを引っ張りだしてきて見返す。1行日記が1ページ日記へと変化していく過程を思い返しながら、「自分にもできる。自信を持って」と自分自身に言い聞かす。
今ではこのノートが私のお守りとなっている