やさいクエスト(第四回)
Ⅳ.第一章 希望をはこぶものたち(3)
「さて準備も済んだことだ、目的地について話しておこう」
ジャガイモはそう言って、壁に掛かった地図を指差した。
広い部屋の大きな壁にはこれまた大きな地図が掛けられていた。幼少よりこの邸宅に遊びに来ていたキャベツにとっても馴染みのある大地図だ。地図の中心にはトーガン王の座する野菜千年王国王城が記され、その周辺に城下町があり、町のさらに外側には様々な地形の広がりや、点在する他の町や村なども見ることができる。
「我がジャガイモ家の有する諜報部隊が得た情報によると、ピーマン大魔王が居を構えているのはおそらく、ここだ」
横にスライドしていくジャガイモの指を目で追う。その指が止まり、示した場所とは。
「この町のはるか東、その先を誰も見たことがなく、『世界の果て』とも囁かれる地域の、一歩手前――」
「バカな、そんなことが……!」
キャベツは驚愕した。信じられないことだった。
「この世界の果てのなお先が、我々野菜たちのあいだでどう呼ばれているか……お前も勿論知っているだろう、キャベツ」
この世界には、健康的に一定の成長を遂げた野菜たちがこぞって向かう場所がある。
野菜たちにとって唯一絶対のユートピアであるはずの野菜千年王国、一説にはその『外側の世界』とも言われ、誰が最初に向かったのか、いつからそこへ行くようになったのかもわからない。ただ気がついたときにはこの国全土に伝わる一種の風習として定着し、そこに向かったものが誰一人として戻ってこないことから『さらなる楽園が広がっている』と噂される、野菜たちの夢と憧れの場所。それが。
「新天地……!!」
声を絞り出すキャベツ。
「その通りだ。ピーマンは新天地への道を閉ざし、この町から旅立った野菜たちを『外』へ出させないかのように、新しい国を築いている」
ピーマンの行いは、多くの野菜たち――あるいは王国すべての民の夢を閉ざすかのようでさえある。
「実際、これまでに何度も若者をのせたトロッコ列車が襲われているんだ」
新天地へは各町々から出ているトロッコ列車によって運ばれていくのが通例だ。二者の住むこの城下町でもごく普通に運行されている。
「この町に住んでいた者たちも……犠牲に……!」
これまでに自分が助けた者までピーマンの手にかかったかもしれぬ、そう思うと、キャベツの体は怒りに打ち震えた。握る手に力がこもる。
「おのれ、許さんぞピーマン! 場所が分かっているんだ、すぐにでも出発を……!」
「待てキャベツ。焦りは禁物だ」
いつになく血気にはやるキャベツを、ジャガイモが諌めた。
「襲撃のせいもあって、次の列車はすぐには出そうにない。それよりも、先に向かわねばならない場所があるのだ」
「先に、だって?」
キャベツが落ち着きを取り戻したのを見計らい、ジャガイモはそれまでと別の場所を指した。城下町のやや南、地図の上では大きな畑としかわからない場所だった。
「いくらなんでも、ただっ広い畑をただ歩く余裕はないだろう」
キャベツはジャガイモが話すよりも早く異を唱えた。しかしジャガイモは意にも介さない。
「フッ。広いのは認めるが、ここは『ただの畑』などではないんだぜ」
「? 小さいころ、学校でも広い畑だと教わったぞ。そういえば君らジャガイモ家が代々管理する土地だと、聞いた覚えはあるが……」
「我々以外には知らされていない『秘密』があるのさ」
もっとも、子供の頃はオレにも知らされていなかったが、とジャガイモは付け加えた。
「詳しいことは着いてから話す。旅路を急ぐというなら、まずは南へと――」
「ぼっちゃま、ぼっちゃま!」
言葉を遮り、突如としてジャガイモ家の老僕が部屋に転がり込んできた。
「どうした爺や、騒々しい」
「そっ、それが……」
肩を上下させながら、必死に息を整える爺や。
「ピーマンの手の者が、アナスタシア様のもとへ向かってると連絡が……!!」
「何だと! 先手を打たれたか――このままではアナスタシア様が危ない!!」
爺やの報告に表情を一変させるジャガイモ。滅多に見ることのない彼のその様子から、事態が火急を要することはキャベツにも理解できた。
「キャベツ!!」
「分かっている、急ごう!」
二人は家を飛び出すと、矢の如き勢いで南へと突き進んだ。
※